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[コメント] グッバイ、レーニン!(2003/独)

さらば、愛と幻想の共産主義。
新人王赤星

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







≪共産主義≫

階級対立や貧困といった社会矛盾を批判してマルクスとエンゲルスが経済的平等を目指し理論化した共産主義思想。帝政ロシアの絶対専制による封建政治が国民を圧迫し、レーニンがマルクス主義のもと革命を指導、かくして地球上で初めて共産主義国家ソ連が誕生した。そして資本主義社会では恐慌が巻き起こり、資源確保の侵略が各地で勃発。大戦に突入する。ソ連は社会主義体制下のため恐慌に巻き込まれない実績を作った。終戦後、共産主義が唱える平等で競争の無い誰もが幸せに暮らせるユートピアの理想は世界中で多くの人を魅了し、共産主義は勢力を増した。しかしその政治的実態は平等とは程遠く、貧困は激増して貧富の差は拡大、思想は統制され人権は侵害された。その姿はナチスや大日本帝国と同じく個人よりも国家が優先される全体主義であった。資本主義との冷戦における反共思想の中身は、自由の敵への恐怖、管理社会への反発、人間疎外、官僚主義、暴力闘争への嫌悪といった民主的な理由や、資本家や権力者による既得権益保守の思惑などがあった。特にアメリカのレーガン政権時代における反共は激しく、チリのビノチェト、フィリピンのマルコス、さらに南アにおけるアパルトヘイト政策で有名な白人政権などの右翼政権、独裁政権までをも積極的に支持し逆に民主主義を遠ざけた。しかし、共産主義の敗北の主要因は共産主義の政治そのものにあった。国家を疲弊させ人間を圧迫する共産政治によって共産主義は崩れたのだ。北朝鮮もいずれ滅びるだろうし、経済的に急成長をし続けている中国は共産主義だか資本主義だかわからない状態だ。階級による不平等、弱者が切り捨てられる競争社会、貧困の苦しみ、これらの克服を目指した共産主義は冷戦を経て消えていく。

共産主義は負けたのだ。

ところで、誰もが平等で幸せに暮らすという共産主義が夢見た理想社会は幻想に終わったのだろうか。マルクスの指摘した資本主義の矛盾は未だ残っている。アメリカは帝国主義的側面を顕にし、国益の増進を最優先にした強硬外交は世界秩序を不安にしている。しかしその一方で、世界は資本主義社会における矛盾の改善を行ってきた。社会福祉の向上、社会保障の充実、階段式課税、独占禁止法・・。また、修正主義を取り入れた社会主義は社会民主主義となり議会制民主主義の下、底辺の向上と平等を目指してドイツやスウェーデンなど西欧や北欧で実現されている。特にスウェーデンの社会民主主義は教育、福祉、医療、保障、税金におけるモデル国家として先進諸国から常に注目されている(反福祉の保守層からは嫌われているが)。議会制民主主義と市場経済を基盤としながら同時に弱者に優しい政治はヨーロッパ、カナダ、オーストラリアなどで発展し続け、資本主義の矛盾を社会主義的側面から改善しているのだ。つまり20世紀は資本主義と共産主義がお互いを飲み込もうと争い、批判しあい、矛盾が曝け出され、そしてよりそったりもしながら欲望と理想と犠牲と成長にまみれたそういう時代だった。その歴史のうねりの中で共産主義は消えていく。

≪グッバイ、レーニン!≫

アレックスは資本主義の象徴セールスマンとして働き出す。しかし競争社会のスピードと急激な変化に民主化を目指したはずの彼は戸惑う。母が長年に渡って貯めたヘソクリは資本主義社会において紙くずと化し、40年働いてきた老人は失業して統一を嘆く。役立たずは見捨てられる過酷な資本主義。共産主義は終わりその歴史は、そこで生きたきた人生は資本主義の前に否定される。

共産主義は負けたのだ。

アレックスはゆったりと時間の止まった素朴な生活の小さな共産国家を作り出す。母親の為に作り出した小さなユートピアはいつしか自分の為の休息の部屋となっていった。 資本主義への変化に戸惑い立ち止まってしまった自身の為の癒しの空間。或いは確かに存在した消え行く歴史への最後の別れか。情報を統制し人々を統制するその部屋はまさしく共産国家。人々は不満を口にし部屋には小遣い欲しさに子供達がやってくる。民主化の波はこの小さな部屋にも間違いなく押し寄せている。母親ですら、実は西側へ亡命を望んでいたのだ。そして父親は資本主義社会で成功を収め幸せを築いていた。もはや共産主義の出る幕は無い。それでもアレックスは偽のTV放送で永遠に揺るがない共産主義を謳いあげ、小さな共産社会を維持する。幻想の共産国家。これはまさしくどんなにボロボロでも国民に虚勢を張り続けた共産主義の姿そのものだ。

母親の魂は東と西のルールを破り、国境の無い大空に飛び立った。イデオロギーに翻弄され続けた母親は、東も西も無くイデオロギーを飛び越えたのだ。こうしてドイツ最後の共産国家は終わった。青年の滑稽なまでにささやかな民主化への抵抗を止めるものはいなくなり、皆が儀式につきあった。参加者の誰もが偽りの三文芝居とだとわかっている。母親も、もしかしたらアレックス本人も。民主化の波に乗れない哀れな老人、地位をなくした祖国の英雄のパイロット、母親の人生。。否定された東ドイツ、民主化の過程で飲み込まれていった者たち。確かに存在した国と確かに存在したそこで生きた人々。やがて忘却の彼方へ去るだろう。だからせめて最後にロケットを打ち上げるのだ。消え去った者の為にも、せめて未来が幸せな時代であるように願いを込めて。この映画は西側が東側を飲み込んだあの時代と東ドイツの最後の姿を映した別れのレクイエムである。かつて存在した国への。

さらば、共産主義。グッバイ!

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)tkcrows[*] 秦野さくら[*]

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