不思議なもんだと思う。ロイ（リー・ペイス）とアレクサンドリア（カティンカ・ウンタルー）を巡る現実の物語も、その中で語られる虚構の物語も、それ単体で見てしまうと大した話じゃない。ところがそれが劇中劇という形式、というよりロイの行き当たりばったりな思い付きという枠組に押し込まれた途端、物語の地平は無限の可能性を手に入れる。作劇としてはいい加減極まりなかったとしても、想像の中では何をやっても自由なんだ。どんな場所で何が出てきたって問題にはならない。世界中の“美しい構図”を楽しむための下地はしっかりと整えられている。

　そんな舞台上でロイの物語が見せる新しい展開は、そのまま僕らに新しい構図が与えられることを意味する。僕らはベルが鳴るのを待つパブロフの犬よろしく、物語の原動力であるアレクサンドリアに己を重ねていく。もっと語らせろ、もっと話させろ。起こせ起こせ。死なせるな死なせるな。そうだそうだ。アレクサンドリアが笑った。あっ、この景色またスゴいな。アレクサンドリア可愛い。景色スゴい。ロイ死ぬな。山賊も死ぬな。わあ。わあ。この辺りになるともうすっかりわけがわからなくなってる。

　この映画が見せてくれる映像にはそれだけの価値がある。そして物語の価値までもが、その映像の価値を軸に構築されている。緩やかにたゆたいながら、ゴクゴクと飲むように映画を観る体験。こんな快楽はそうそうない。ラストの「Thank you,thank you」も最高の締めだった。ロケ地と上映時間を倍にしたヴァージョンを作って欲しいとさえ思うよ。ホンットに気持ち良かった。