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[コメント] クラッシュ(2005/米=独)

ロサンゼルスという大都市ならではの群像劇。カメラはその街を、寂しさと美しさを介在させて映し出す。孤独や痛切さも感じさせるが、鑑賞後には優しさや暖かさがなぜか心に残った。(2006.02.19.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 群像劇としての出来栄えが良く、とても質が高い。

多くの登場人物がいる中で、それぞれが短い登場時間ながらも、きちんと印象づけされている。人物描写に希薄さがない。そして、それぞれのエピソードが複雑に絡み合うことで、感情を高ぶらせてくれる。ときに悲痛さを感じ、ときに暖かさを感じ・・・。ロサンゼルスを見事に映し出し雰囲気を作った映像と静かに心を揺さぶる音楽も非常に効果的だった。

 人種問題というバックグラウンドも興味深い。

冒頭場面の交通事故現場から、アジア人女性とヒスパニック系女性が罵り合うシーンが登場する。まずこのシーンからすでにそうだが、この映画で描かれる人種問題とは、白人が黒人を差別するといった構図のみには納まらないものだ。アジア人とヒスパニックが罵り合うだけでなく、黒人とイラン人が対立するし、黒人が中国人を弱者として扱ったりもする。

どの人種にしても、他人種に対して偏見を少なからず無意識に持っていることが描かれている。これはさまざまな人種が集まっているアメリカにおいては強く感じられることだろう。古くからの白人による黒人差別だけでは語りきれない、現代的な人種差別を扱っている点で、この映画は新鮮だった。国際化する社会の中、異民族の共存がいかに複雑な問題を含んでいるかが描かれていると感じた。

 人間の二面性という点でも非常に面白い。

あるとき、ある人から見れば、誰でも悪の行為を行っているかもしれない。無意識に他人種を差別したり、知人を軽蔑したり、自分勝手な行動をしたり・・・。 誰もが潜在的に悪の一面を秘めている。しかし、悪の部分しか持たない人間も存在し得ない。嫌いだと思っていたはずの人を助けたり、弱者に暖かい手を差し伸べたり、家族に優しさを見せたり・・・。善の心も、どんな人でさえ必ず秘めている。

この映画では、人間の汚い部分もたくさん描かれていた。しかし、同時に美しい部分も介在していた。それが非常に暖かかった。人種差別主義者に思えたマット・ディロン演じる警官が、病に苦しむ父親への思いを強く持ち、交通事故現場では黒人女性を命懸けで救おうと体を張る。人気ラッパー、リュダクリスが演じた犯罪に走る黒人浮浪者の若者も、売られていこうとするアジア人の孤児たちを自由にするため救いの手を差し伸べる・・・。人間がどこかに必ず秘めているであろう優しい心が垣間見れたとき、それは本当に暖かい。

 孤独も感じる大都会。犯罪も起こる。人種差別もある。階級差別や貧困もある。目を背けたくなる事実が溢れている現代。そんな中、僅かながらでも感じられる“暖かさ”は生きていく糧になるのではないか、と感じた。映画を観終わって心に残っているのは、その“暖かさ”なような気がする。テレンス・ハワード演じる黒人テレビディレクターが携帯電話越しに妻に言った「愛してる」という言葉が、“暖かさ”の象徴のようで印象に残っている。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (9 人)ナム太郎[*] パスタ sawa:38[*] JKF[*] わっこ[*] 狸の尻尾[*] けにろん[*] 甘崎庵[*] ころ阿弥[*]

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