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[コメント] 麦の穂をゆらす風(2006/英=アイルランド=独=伊=スペイン=仏)

やや手堅すぎる嫌いがあるが、第一次大戦後のアイルランドを舞台に、どこにでもあり得る独立紛争の葛藤を、普遍的な問題提起として“戦争”を描いた。どの時代に観ても、考えさせられるに違いに根深い映画だ。(2006.11.26.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 内戦による悲劇が描かれ、カンヌでパルム・ドールを受賞しているとなると、僕の中ではあまりに強烈だったエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』がまず浮かんでしまう。それに比べるとこの『麦の穂をゆらす風』は、映像に宿る狂気といった“映画的魅力”という点では全然『アンダーグラウンド』は及ばないのだが、逆に荒削りな様子はなく、手堅くきっちりと主題を追求している考えさせられる良い映画だった。

 この映画は、第一次大戦後の、アイルランドが独立を目指しイギリスと戦い、独立を認める条約の締結を得るが、その条約の理不尽さにより国内で対立し、内戦が激化する様子を描く。しっかりと時代も舞台も設定はされているが、その上で現代にも通じるような普遍性を持っている。民族や国家という枠組みがある限り、どこにでも起こりえる紛争を描いている分、観る側によって深みを増す可能性もある。僕は、イスラエルとパレスチナの問題を頭に浮かべながら観ざるを負えなかった。

 また、安易な反戦映画よりも根深いところにまで及んで、なぜ戦争が起こるのか、ということを考えている映画だったのも、非常に興味深かった。

映画のラストシーンで、内戦によって条約反対派と賛成派に分かれ、独立のためにともにイギリスと戦った兄弟すらも敵同士となり、弟は兄の手により処刑されることになる。このシーンで、兄は弟を射殺した後、大粒の涙を流して、償いを求めるように泣く。イデオロギーのために、そんなに悲しむならば、弟までも処刑しなくて良かったのではないか、という思いがふと頭に過ぎる。

そう、その頭をかすめた思いも正論なのだと思う。だが、それができないから、人間は永遠に武力による争いを繰り返し続けているのだ。理想を得ようと、武力によってそれを勝ち得てきた歴史が、残念ながら僕ら人間にはある。そういったことを考慮せずに、尊い命が失われるからとにかく戦争は反対だと、声を大にして言う気持ちには、僕はとてもなれない。

もちろん、戦争には反対だ。だが、多くの人がそう思っているのに、肉親を殺す状況にまでなり得るのに、なぜそれは起き続けるのか…。国益として、ときには戦争を認めざるを得ない。この世界自体が腐敗していると言い訳するしかないのだろうか…。

そんなことを考えさせられる、戦争に関する深いところまで、この映画は包括していたと感じた。引きの構図が見事に生かされた、泣きじゃくる未亡人となった女性の姿を眺めながら…。

 もうひとつ、物語の序盤で弟・ドノバンは医者としてロンドンへ行く列車のホームにいる。あのままロンドンに行っていたら…、命を落とすことはなかっただろう。

その場面は何気なく観ていたが、あとから考えると、戦争から逃れる道が、物語上にしっかり用意されていたのがなんだか皮肉だ。国家の理想や信念を捨てて、逃げることが一番平和な道だ、とでも言っているかのようで。逃げているから平和、という疑念が渦巻くと、何も考えずに平和主義を主張することにまで、恐れを感じてしまう……。

(評価:★4)

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