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[コメント] インランド・エンパイア(2006/米=ポーランド=仏)

この理解不能さは最悪の映像拷問であり、それと同時に、すべてを委ねて陶酔できる最高の映画体験でもある。(2007.07.29.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 映像にここまで身を委ねられる映画を作るのは、デヴィッド・リンチの他には、スタンリー・キューブリックテオ・アンゲロプロスといった巨匠2人くらいしかいないのではないか。この『インランド・エンパイア』は、映画としてというよりも、“映画体験”としての極みと言える作品だった。

 僕は今回のリンチの新作を楽しみにしていたが、「デヴィッド・リンチの5年ぶりの新作」ということと「上映時間180分」ということ以外、内容など何も知らずに観に行ったのだ。リンチの作品に物語を求めていないし、映画が始まって、3時間ずっとリンチワールドに酔えればいいとだけ思っていた。

 冒頭を観た時点で、この映画の凄まじさが伝わってきた。どれだけ、この“内なる帝国”に僕を迷い込ませてくれるのだろうという期待感が高まった。

 ものすごく印象的だったのは、ニッキー(ローラ・ダーン)の元に訪れる最初の訪問者。不気味なまでのクロースアップで語る“予言”が、これから見せつける映像のすべてを暗示していたかのようで、こんな強烈なシーンはないとすら感じた。

この映画は、何重構造にもなっている複雑なもの。ゆえに、混乱しすぎると退屈さが増すはず。だが、3時間の上映時間、映画の進む道がまったくわからなくても、リンチ・ワールドに心を掴まれ続けたのは、この“予言”があったからなのだと思う。

物語の複雑さを、独自の映像世界でカバーするための、種。これがしっかり蒔かれている。そう考えると、デタラメに映像を繋げただけではなく、観客が映像をしっかり感じることが出来るように、きちんと構成されているのがわかる。

 序盤は『マルホランド・ドライブ』と通ずるハリウッド内幕ものとしての体裁だったが、中盤、ニッキーとデヴォン(ジャスティン・セロー)のセックスシーンあたりからだろうか、物語の構造は理解不能の域に入っていく。

不倫をしたニッキーが自らを失っていくことで、現実と幻想の境界がわからなくなっていく感じが、急加速したリンチらしい映像世界によって描かれていく。もうそうなったら、その世界観に身を任せるしかない。

その美しさに陶酔しつつ、恐怖を感じながら…。心臓をぎゅっと握り締められたような感覚。観ている最中は、胸が詰まるような思いをしているのだが、こうしてレビューを書いていると、それこそがリンチ作品を体験するという素晴らしいことだと良くわかる。

現実なのか、夢なのか、妄想なのか、幻覚なのか、現在なのか、過去なのか、未来なのか。時間も場所も状況も、もはや関係ない。ニッキー/スーザンとともに混乱して、それに酔えれば、理解などする必要はないのだ。

 『マルホランド・ドライブ』のときは、青い箱の意味など、分析をしたい感覚を得たが、『インランド・エンパイア』ではその思いはない。その次元を越えて、3時間という長い上映時間、集中して観ることができたから。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)甘崎庵[*] kazya-f[*] セント[*] X68turbo[*]

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