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[コメント] 気狂いピエロ(1965/仏)

図々しいくらいのハイセンス
ルッコラ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







なにしろビスコンティがファンだというゴダールの最高傑作ですので観ています。しかしこれならビスコンティが参っちゃうのも無理ないかも、と思いました。

まずビスコンティ映画は、ほとんどが文学作品を原作にしているので劇的または映画的にマイナスに働いたしても脚本に配慮を重ねます。女性を描くときは必ずスーゾ・チェッキ・ダミーコに協力してもらい、『ベニスに死す』などでは意図的な「ファウスト博士」の組み込みや、芸術論まで。それがひとつのテーマとさえなるような、いわば「逃げ道」が用意されています。それがゴダールのこの映画では、初めっからシナリオなしでの即興演出。しかも好き放題の寄り道ばかり。憎たらしいのはそれが全部ちゃっかりラストへとつながっていたりして。構成もビスコンティはあたかも本のページをめくるような丁寧さであるのに、ゴダールはそんなの退屈とばかりにジャンプ編集でかっ飛ばしてしまいます。全部計算づくで。「もう、こんなのアリ?」という感じ。

そしてビスコンティの映画は感覚と感情を描く映画。あざとさと奥ゆかしさの演出で最高にデリケートに組み立てられます。それがこの映画では、感情もポンと投げ出される。ベルモンドとカリーナが話せばそれでいい。そのくせサミュエル・フラーに「映画はエモーション(感動)だ」なんてしゃあしゃあと言わしてしまっている。あぜん・・美術も表現の重要な手段と考えるビスコンティは、飾られる花、衣装についたアクセサリ、持ち物の小道具に至るまで入念に選ばれ総動員されます。それがこの映画ではコラージュでOK。「え!そんなんでいいの?」と言いたくなっちゃう。チープなフェルトペンやダイナマイトやピストルだって、お洒落に決まっちゃってるから憎たらしい。

また最も重要な色についても、ビスコンティはグラディエーション(つまり年季の入った色)=中間色や、鏡や光をふんだんに採り入れる=透明色、『ベニスに死す』では色のない海(光や人や街を反射するだけの、いわば「天上=死」の別世界へ迷い込んだかのような)を描きました。それがこの映画では、最初っから原色のタイトル・バック、パーティもアパルトマンも車も強烈なソリッドカラー。海は本当に青くて想像する地中海そのままの美しさ。そしてビスコンティは自分の母親を投影した女性=最も大切な人には、一番高貴な色=紫を用います(紫は画材としても高価なのです)紫は他にも、はかなさや終末のイメージもあり、まさにビスコンティ映画のイメージですが、そのままではなくベールの下や朝もやの中、灯かりの少ない部屋でなど非常に注意深く使われます。それがこの映画では女神であるアンナ・カリーナ に真っ赤なワンピースを着せてしまう(赤は可視光線では紫と正反対)ここまでされると完全にお手上げです。でもくやしいけど綺麗なんだなあ、全編。これがまた。

あと、笑っちゃうような台詞もジャン・ポール・ベルモンド が言うと冗談か真面目か分からなくて可愛い気があって許せちゃったりしますね。でも普通あんなこと(ランボー”地獄の季節第八章”とか「時速100キロで破滅に飛び込む男の顔が見える」とか)言われたら困っちゃうだけけど、アンナ・カリーナが相手なら詩のような台詞で答えてくれる。男が詩人になれちゃうからアンナ・カリーナ は女神なのかもしれませんね。それだけじゃなくて意地悪く「同情が好きなのね。いつも手遅れで・・」なんて言ってみたり。それが最後の会話「許してねピエロ」「僕はフェルディナンだ。遅すぎたよ」に効いてたり。たしかに好きではないけど「完全にやられた!」という映画でした。

(評価:★4)

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