コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ノーカントリー(2007/米)

濃密な虚無。
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







序盤のシーン――無人の荒野、乾いた地平と鉛色の空が広がっているだけの……。そこを名も無き狩人がたった一人で獲物を求めて彷徨う、それだけのことを切り取ったに過ぎない、言葉にすれば空虚にさえ思える、そんなシーンがどうしてあんなに濃密に感じられるのか。あるいは、まだ何も始まっていないこのシーンにも、映画全体に通底する一種の感覚がすでに介在しているのかも知れない。

その感覚は、殺し屋とガススタの爺さんのやり取りに集約されているように思える。気まぐれな悪魔の根拠なき訴追から平身低頭して逃げようとする爺さんの姿は、か弱き我らが理不尽な災厄に対する足掻きと絶望そのものだ。彼が表を引き当て助かったことにより、むしろ尾を引く苦い安堵と、裏を引いていたらという恐怖は……しかし、そこに何の意味を見出せよう、理由なき災厄にただ呑まれる羊を見せつけられることに? 

我々もまた荒野でいつ喰われるとも知れぬ獲物なのだ――だが、そんな虚無を、それでは作家はどう思っているのか? しかし、作家は老兵にぼやきを代弁させるのみで、自らは達観の視座から降りてこようとはしない。それが作品の質というなら、それも良かろう。私には、冷徹な視座など装っているだけで、嘆く気などさらさら無く、かの殺し屋よろしく慣れた手つきで上質な焼き回しをする、心無き職人のようにも思えた。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人) けにろん[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。