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[コメント] 終の信託(2012/日)

それでもボクはやっていない』というのは10年に一本の力作に思えて、書きたいことさえ思い浮かばないぐらい感銘を受けたのだけれど、この映画は残念だった。揺さぶられるものが何もなかった。
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 後半を費やした取り調べバトル、検事VS医師、司法VS個人、法律VS人の心は、これ、監督の技量を重々わかったうえであえて言えば、誰でも描ける範囲だと思った。言い方を変えるなら、今なされているであろう議論とその限界から一歩も踏み出していない。もっと言えば、この辺までは誰だって想像しうるというところで、映画は幕を降ろしてしまう。

 あるいは、その限界を明示して改めて世に問うことが命題だったのかもしれない。制度の現実に押しつぶされる個人と個人の関わりを描くことが目的だったのかもしれないのだけれど……

 検事(大沢たかお)は、検事のマニュアルを擬人化したような、これでもかという冷血キャラで、演技、演出が堂に入っていればいるほど、またかという感じだ。『それでも〜』のときはセンセーショナルに感じられたのだけれど、二回目ともなるとモチーフの限界を感じるどころか、官憲の横暴に中指つきたてたいだけなんじゃないかなんて穿った見方までしてしまいそうになる。

 思えば、『それでも〜』は、VS官憲というか、見る側は冤罪と解っているので迷いなく主人公に乗っていける白黒はっきりしたテーマだった。でも、今回は、そうはいかない玉虫色かつ、本当に誰の身にもいずれ降りてくる普遍的な難題だ。検察に噛みついて見せるだけでは、当然ゆるされない。

 端的に言うなら、モチーフは、検事が事情を知りもしないで押しつけてくるテンプレートに、個人の事情がいかにあてはまらないかを描くことだったと思うのだが――この映画、そこが非常に浅く感じられた。

 草刈民代が演じる女医にも役所ふんする患者にも それぞれ背景があるのはいいのだけれど、それらは極めてヒロイックで一元的だ。私の不満は、個人的なものかもしれないのだけれど、そこに集約されている。それらが噴出して見える瞬間というのが、ふたつあった。

 一つ目は、患者が女医に“いまわの際に子守歌を歌ってくれ”とたのむくだりだ。これ、悪い意味でテレビドラマっぽい台詞だと思う。この台詞を聞いて、私は思った――あんた、本当に真剣に自分の臨終を想像したのか? いいか、多分その場にはあんたの家族がいるんだぞ? 妻が、いるんだぞ? そこで、あんた、女医に子守歌歌わせようってのか?

 ふたつめ――そして、この女医、やってしまうのだ。まずは家族の上座に立って、「もっと早くこうするべきだった」との演説である。続けて、大沢検事ならずとも患者の体力を読みあやまったとしか思えない強引な安楽死である。きわめつけに、妻をさしおいて患者に抱きついて泣きわめいて子守歌をぶちかます……本当に醜悪としか見えなかった。だって、奥さんは奥さんなりに苦しんでいるように、俺には見えたし、そこに土足で踏み込んでいっていいだけの関係をふたりが築いていたようには、とても見えなかった。ともすれば、ぜんぶ段取りっぽくて、『Shall we ダンス?』のお医者さんごっこバージョンを見ているような気さえした。

 要するに、テーマではなく、映画作家の問題だと考える。

 我々も社会にあれば、いつまでも子供じゃいられないんだから、制度というものの不完全さに苛立ちをおぼえつつも、でも、制度は必要であり、でも、それらに限界があり弊害があり、でも、それらを突き詰めていけば人間という生き物の不完全さに行き当たることは解っている。だからこそ、映画には、そんな現実に風穴を開けるような強力な人間描写を期待してしまう。

 周防監督は、どう考えても優秀で立派な監督で、こんなこと言うのは どう考えてもおこがましいのだけれど あえて言うなら、監督は、制度を問うことに終始して、それをぶちぬく人間の力を描こうとはしない。結果、映画は、逆に つまらないヒロイズム映画になってしまっている。

 そして、このテーマには、患者と医者だけでなく、それぞれの生活をかかえながら、でも、専門知識を持たない家族や、あるいは制度を維持する者の立場の主観といった多角的な視点が絶対必要だと思う。

(評価:★2)

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