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水那岐さんのコメント: 更新順

★4星の旅人たち(2010/米=スペイン)巡礼という古典的な人々のふれあい手段をとって、縁もゆかりもない老若男女が集い、自我をさらけ出しドン引きされた上で、再び友情を確かめ合う過程。ここでフラッシュを焚かれるのは決して聖人君子でない厄介者揃いだが、むしろそれゆえに、露悪の末にお互いに確認する仲間意識は確かであり、暖かみを感じさせられるものだ。 [review][投票(1)]
★2それでも、愛してる(2011/米)一見、躁鬱病患者の人生について真摯に捉えた脚本のように見えるが、真剣にこの病の発症を考え、怖れている人々にとって、この奇妙な治療法が功を奏するわけがないのは自明の理だ。そしてもうひとつの問題点がある。 [review][投票]
★3拳銃(コルト)は俺のパスポート(1967/日)小林千登勢も羨む宍戸ジェリーの兄弟愛だったはずが、宍戸は敵の追跡に晒される逃走経路にジェリーをおいて足を伸ばしてなどいる。ハードボイルドを気取るにしてもこの間抜けさはないだろう。ラストバトルで相殺されてはいるが。[投票]
★4ぼくたちのムッシュ・ラザール(2011/カナダ)いま流行の名づけ方で「ぼくたちの」という飾り言葉のついたタイトルだが、彼と子供たちの負う傷は大人たちにこそ親しいものだ。メメント・モリ…「死を思え」という命題を鼻先に突きつけられて、テロルの時代に生きる人間は非力であるがゆえに、教育の蟷螂の斧をがむしゃらに振るい抵抗を重ねる。地球上の一個人の義務は、もはや対岸の火事ではない重さを我々の前に誇示する時代になっているのだ。[投票]
★4鴛鴦歌合戦(1939/日)「贅沢は敵」のご時勢に、町娘たちのいずれの姫君かとまごうばかりの無駄な着飾りぶりが可愛らしい。お春も佳いが、恋敵おとみ(服部富子)の笑顔と愉しげな歌いぷりは現代にも通用する宝物だ。志村喬のとぼけた味もなかなかに得がたい。法螺や太鼓がペットやドラムスに化けるセンスも、暗い時代のレッテルを見事に剥がしてくれる。[投票(2)]
★4チェチェンへ アレクサンドラの旅(2007/露=仏)口の端に上らせることによって、限りなく陳腐になってしまうメッセージというものがある。ソクーロフはそれを知っているために、敢えて登場人物に言い切りたい全ての台詞を言い終わらせなかった。これはむしろ彼らの表情によるプロテストであり、上からの視座を排して真っ向からその視線に向き直るカメラも、ここにおいては絶対的に正しい。[投票(1)]
★3ファウスト(2011/露)鈍色の市街を一望する冒頭をはじめ、大方のガジェットが旧世紀的な古拙趣味に浸るかのよう。ハンス・ベルメールめいた少女の局部への偏執、高利貸しの「尻尾」造形はゲーテより退歩し、即物的フェティシズムに貶められてはいないか。自分には原作陵辱としか見えず、好意的には受け入れられない。揺るがぬソクーロフ美学は見事であっても。[投票(1)]
★4屋根裏部屋のマリアたち(2010/仏)家政婦もまた人間である、という現実の直視をできない者に、家政婦をもつ資格はない、という冷厳なる事実の直視を強いるコメディ。同様に、相手にモノを贈り続けることで愛情は持続し得る、という思い込みにカウンターパンチを叩きつける物語でもある。男は時として後者の過ちに身を委ね、己を愛情深き男と誤解するものだ。[投票]
★3ピナ・バウシュ 夢の教室(2010/独)愛玩と制裁。平静と激情。ありとあらゆる地上の官能を白日のもとにさらけ出し、上品な大劇場の舞台上にぶちまけるバウシュの舞踏『コンタクトホーフ』は確かに傑作だ。それが少年少女の伸びやかな肢体をもって演じられるのは見ものには違いないが、一応の完成を見るまでの軌跡では、予想済みのことながら未熟といううらみがあった。あまりにも惜しい。[投票]
★3オレンジと太陽(2010/英=豪)こうした国家の犯罪暴露は積極的に行なわれるべきものだ。それを澱みなく遂行させるのは、やはり人並みはずれたヒロインの強さと、忍耐強く相手の精神の障壁を崩してゆく手腕だろう。逆境に弱い女を演じながらも、彼女の逞しさはすでに露呈している。もっとも他に有無を言わせぬ弁舌描写は、この手の映画の常套的描写に囚われていたが。[投票]
★2二人の世界(1966/日)ムードアクションの一作としても、恋愛もアクションもこれといった見所のないこじんまりとした一作。熱血漢・裕次郎とクールな二谷、そして熱を内に秘めるルリ子のトリオは確立したようだが、そのバランスの妙を見極めるだけで安全牌の域を出ていない。せめて犯人の見えないミステリーなら、もう少し盛り上がったかも知れぬものを…。[投票]
★4ベルセルク 黄金時代篇II ドルドレイ攻略(2012/日)否応もなく画面に叩き付けられる剣戟描写の冴えにもまして、憎悪と羨望とにだけ裏打ちされた陵辱シーンの迫力は、日本製アニメーションのある意味での分岐点への到達を感じさせてやまない。だが凡俗の自分から見れば、女であることに縛られ呪われながらも女としての幸福に涙する女千人長の儚い笑顔にこそ惹かれる。[投票]
★1宇宙大怪獣ギララ(1967/日)戦後最大(?)の国難に遭遇しながら、象牙の塔の住人たちは好いた惚れたの色恋沙汰に溺れセクハラ三昧を繰り返す。最後まで極楽気分を崩さない暢気な画面には、いずみたくの無害な伴奏がじつにフィットして緊迫感の欠片すら振り払うテイタラクだ。[投票]
★4赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道(2010/日)お話はお馴染みのものであり、しかもアンがグリーンゲイブルズに迎えられる過程のみの作品であって、今公開するのは時期を逸しすぎたとの観が強い。しかし背景美術の井岡雅宏の素晴らしい仕事が、アンの台詞における驚嘆と賛美を充分裏付けるものになっていることが、この作品を現在観る意義を立派に保っている。 [review][投票(2)]
★3ジョン・レノン,ニューヨーク(2010/米)「ジョン・レノンの知られざる過去」というのが売り文句の映画だが、ヨーコとの生活から射殺されるに至るまで、ジョンの裏側をえぐるような秘事はこれといってなかった。ジョンについてを知るというより、ニューヨークという街を触媒にして彼がいかに昇華されたかを見る作品だろう。もっとも、そう意識転換しても感動に至らないのは自分がレノンファンでないせいだけなのだろうか。[投票]
★4別離(2011/イラン)アッラァ神への畏れを他国民よりも格段に行動の指針にするとはいえ、ここにいるのはイランという土地に住む我々と同じ庶民である。告訴の応酬も、己の立場を優位にするために重ねられる偽言も、すべては愛する家族のためでありエゴとばかりは断ぜられない。それでもとことん騙し合いを続ける大人たちは、なんと子供たちを逆に傷つけすぎていることか。[投票(3)]
★2俺は銀座の騎兵隊(1960/日)靴磨きやボーイで生計を立て、バス暮らしする最下層少年たちの奮闘物語と、観客とかけ離れすぎた境遇は逆ステータスとも見えてしまう。イキがりつつも子供の隠れ蓑から無縁になっていない和田のお子様ぶりに合わせる大人俳優たちも気の毒だ。もっとも初井言栄のキリッとした小母さんはちょっと見ものだった。[投票]
★2光のほうへ(2010/デンマーク=スウェーデン)作為的な悲劇演出のもとに、それぞれに底辺に暮らす兄弟たちを観て、観客は相応の涙を流してくれるのか…新派大悲劇の体裁ではないにしろ、内面に大した相違はないこの作品の突き詰めたテーマはそれでしかない。 [review][投票]
★3生きていた野良犬(1961/日)ダンプ・ガイこと二谷英明が気の短い粗雑な復讐鬼を演じるが、やはり相当なミスキャストであり、その後彼が理知的な紳士役を得意とするようになったのは当然の成り行きと言えただろう。やくざのアクションを肯定して突っ走るべき物語ではあるが、ラストに至ってどんでん返しを用意するのは舛田利雄脚本の妙であり、一種「日活らしい」青春の苦味を感じさせる。[投票]
★3ミルク(2008/トルコ=仏=独)蜂蜜』より遡って、ユスフをめぐる風景を捉えたオズクル・エケンの長廻しカメラは否が応にも際立ち冴えまくる。しかし、主人公の母親との決別の物語としては鈍くスローモーな展開に過ぎ、トルコ人ならざる自分には特異な暗喩も理解不能だ。シュールレアリスム映画でない以上、これは1時間以上の尺を充分に満たした情報量ではない。[投票]