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[コメント] 硫黄島からの手紙(2006/米)

見よ、日の下に新しきものなどなし。ましてや異人の手で撮られたる我がヒノモトのいくさの映画になぞ、我らの心を揺らす何事があろうことや。
水那岐

だいたい観客にとられるこの映画の揚げ足といえば、「‘歯を食いしばれ‘制裁の代わりに下される部下へのムチ攻撃」とか、「何かと言うと唐突に叫ばれる‘天皇陛下万歳‘」とかであろうが、自分的に許せなかったことは「標準語の徹底がなされていない自由な日本軍」であろうか。当時の日本軍は各地方の方言、そして琉球語や韓国語が入り乱れるのを防ぐために、一種イビツなまでの「軍隊標準語」が徹底していた筈なのだ。まして上官と一兵卒のあいだに交わされる言葉は、親密さなどとは無縁の特殊な上下関係を如実にあらわしていた。しかし渡辺謙演じる栗林中将は権威を笠に着ることなく部下たちとフランクに話し、兵士たちのあいだには関西弁や江戸っ子言葉(と言うより現代日本語か?)がまかり通っている。これを軽く見てはいけないだろう。

渡辺はアメリカに遊学し、そこでデモクラシーを叩き込まれた徹底したリベラリストであり、部下の伊原剛志も馬術でオリンピックに出場、スターとなって当時のハリウッド俳優との交流を持った根っからの国際派である。我々がこの「硫黄島映画」に違和感を持ち、アメリカ人が鬼畜として描かれる己の描写の中で唯一ほっとするのが、たぶんここであるだろう。そして、一兵卒であるパン屋の夫婦も今時の夫婦のような対等な会話を交わし、アメリカ人観客の胸を撫で下ろさせるのだ。「なるほど、彼らは我々とほとんど変わらなかったゆえに強かったのだ」と。

冗談ではない。恐ろしいまでに当時の日本のメンタリティはアメリカのそれとは異なっていたのだ。それを一朝一夕に理解し、この映画を単なる戦争の悲劇と理解したつもりになるのは十年早い。今でさえアメリカ人が日本人のメンタリティを分析したノウハウ本はそこそこ売れている。日本人が5日間で終わると思われた戦闘を36日に引き伸ばしたのはその文化、思想の違いゆえであるのだ。(東条英機の『戦陣訓』を想起されたい)

アメリカ人にとって、今最も理解したい民族と言えばイスラム圏の人々であろう。アメリカ人はヴェトナム人に始めて敗北したが、彼らが資本主義を受け入れるに至りその傷が癒えるのを感じ始めている。それと同じ事を彼らはイラクやアフガンの人々に求めているのではないか。ここまで我々を苦しめる人々にも、きっと理解し合える点があると…。残念ながらそれはない。少なくとも、敵に廻している限り頑なに敵たる人々はアメリカの理解を拒み続けるであろう。最早それに気づいている頭のいいアメリカ人は多いはずなのだが…。

「アメリカのきもち、日本のきもち、同じきもち」一生言っていろ。「親の心子知らず」という言葉からでも、何なら考え始めてみるのもいい。同じ民族の中にさえ絶望的な理解の断絶があるということを。

(評価:★2)

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