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[コメント] 海の沈黙(1947/仏)

静かなる指弾。人間として悪の属性を持たぬ男をも、敵として頑なにその存在から背けられる灰色の娘の目が、彼が真実の己の姿を知り絶望を語るとき、初めて慈愛を持って眺める。アンリ・ドカエはその瞳を真っ向からそのカメラで射ぬかさせる。
水那岐

無駄な言葉は要らない。ハワード・ヴァーノンがフランスとドイツの「理想的な結婚」を語るとき、彼を滞在させる家族は沈黙を持って応える。だが彼が真実の己の姿を知り、侵略者にして破壊者と看做される己を見据えたとき、これまで暖炉の前で語られた思いとそれを迎える沈黙の返答は、彼らの心情とは異なり一種の団欒を成していたことに人は気づかされる。こうした皮肉を対戦中に描きえたヴェルコールの冷静な観察眼に打たれる想いだ。ナチスドイツにあって、このような人々は決して稀ではなかったろう。当然だ、同じ人間なのだから。増して今にあってドイツ軍を一糸乱れぬ狂気の軍団と描く作品の山とあることに、人間観察眼のステロタイプ化を自分は見、情けない気分にさせられる。

ナチスの犯罪は、よく言う戦争の狂気がさせたものではない。誇り高い人間の行為だ。それゆえに今も人は悩み、苦渋に身を捩るのだ。これは善意の人々の断絶と友情の物語であるがゆえに、真面目にものを考える大衆の目によって不朽の物語たり得ていることを改めて実感させられる。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)セント[*] シーチキン[*]

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