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[コメント] ドン・ジョヴァンニ 天才劇作家とモーツァルトの出会い(2009/伊=スペイン)

カルロス・サウラは内から抉るのではなく外側から敢えて輪郭を何重にもなぞるようなタッチで、凡庸ならざる「ドン・ジョヴァンニ」像を描き上げた。陳腐な伝記映画に伍することなく、むしろ一歌劇の成立の過程をトレスする彼の方法論自体が知識欲を心地よくくすぐる。
水那岐

正直、あの『アマデウス』の陳腐な仮説の刷り込みが人口に膾炙し、そこから作り出されたモーツァルト像が広まり過ぎたせいもあって、モーツァルトの人間像の新たなページなどに興味はないし、その楽曲にもあまり食指は動かない(これは好みの問題に過ぎないけれども)。だが、彼の手になるこの歌劇を題材とした作品をこれほど面白く観られたのは、ひとえにサウラの非凡な演出力ゆえでもあり、その手になるイメージの多彩さゆえとも言えるだろう。

ダ・ポンテなる人物には全く無知であるがゆえに、尋常ならざる才気に溢れた美貌の猟色家、というふれ込みは楽しめた(勿論、史実の彼そのままでないことは注意して見なければならないが)。また、芸術家の庇護者の側面をも持つカサノヴァ、同じく南欧に吹きすさんだ宗教裁判よりのアーティストの受け皿たるウィーンといったものも不勉強ゆえに新鮮な知識であり、西洋史の奥深さに夢中になってしまったのだ。こうしたファクトを背景に、サウラは「ドン・ジョヴァンニ」という歌劇の成立のプロセスを回り道も含めてなぞってゆく。その成立当時ですら、ステレオタイプな色事師の名としてモーツァルトの冷笑を誘ったドンファンが、詩人の手で血肉を得、命を得てゆく面白さ。それはあるいはこの歌劇の面白さを上回るかもしれない。そして、リアルからかけ離れて冒険を試みた現代的、ワールドワイドな美術の特異性もいい。

音楽劇の第一人者たるサウラのエモーショナルな作劇は、ここに頂点に達した、なんて書いてみたくなるフィルムだった。これは流石に興奮冷めやらぬ自分の筆のすべりのお粗末だが。

(評価:★4)

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