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[コメント] デンデラ(2011/日)

天願監督の父、今村監督の『楢山節考』続編ではない。底知れぬ生命欲に満ちた汚濁に塗れる老婆たちの闘争の軌跡である。全力を振り絞りバトルに身を投じる女優たちの熱演は、真正の美しさに満ち満ちている。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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極限状態のなかで鬱屈したおのれの本性をぶつけ合い、ラストに至るまでに同志的感情のなかから育まれた擬似恋愛すら共有するに至る女たちのコミュニティの姿は、本作の原作者であるラノベ作家(30代)の手になるもの、と言えば容易に肯けるが、ここに信じられない普遍性をも生み出した理由は、これが老婆たちの物語であるという点だろう。

そしてそれを演ずるのが、昭和を生き延びた大女優たちであるという点。こうもあれば、凡百のラノベ作家の創造物とは一線を画し、人間同士の肉体のぶつかり合いを本気で、血と汗に染まりつつ芸を尽くして激突する、アラも隙もない燃え盛る青春劇の香りすら帯びさせてしまう結果に至るのだ。

グロテスクな婆あメイクの勢揃いだとか、後半の熊との戦闘はスプラッタバトル以外の何物でもないといった揶揄は全くその通りだ。しかしそうだからこそ、夜尿症臭い小娘の戦闘など足元にも及ばない熟女の戦闘力みなぎる力強さが冴えるのだ。

浅丘や草笛も素敵だったが、自分は倍賞美津子のカッコいい婆さんぶりに惚れ込んでしまった。幽鬼の如き長髪にアイパッチの、さながら昭和の悪の科学者のような外観と、それに反しあくまで良識派の位置づけ。怨念に燃える草笛光子とは好対照の理性型人物。

…まあ、彼女が正統派に見えるのは、パワフルで血を恐れないマッチョ婆さんたちの中にあってこそなのだが。それでも彼女たちのなかに、団塊世代は学生運動の残滓を見るのだろうと考えるとき、50になるかならないかの天願大介もまた、父とは違う意味で娯楽作品の匠であることを認識させられる。

さて、後半を過ぎて登場する熊には、劇場にはあまりいない若者は爆笑するのかな、などとも思えたが、CGだの特殊メイクだのを意に介さないお年寄りは落ち着いて観ておられたようだった。それが正しい。ジョン・ギラーミン版の『キングコング』や、千葉真一の『リメインズ』の熊に較べればはるかにスパルタンだし、あれはまして老闘士たちの眼前に立ち塞がる現実世界の軋轢のメタファーめいたものなのだから、漠然とした存在でいいのだ。むしろ自分としては、熊によって手足をちぎられ、血を吹き上げて倒れ伏す老婆たちに心で涙し、酔ってしまったのだった。

そして最後の戦いに到る浅丘ルリ子もまた素晴らしかった。日活の新人時代から遡って、この老婆を演ずる作品まで、彼女は女優としてのおのれを崩さず、つねに美しかった。セリフも老女を演じつつ、飽くまで聴くに足る声を響かせるあたり王者の貫禄すら漂っている。彼女にもこれで終わることなく、美しいおんなを演じ続けてほしいものだ。

最後に、この文学性の欠片もない娯楽作品は、老婆たちの逡巡とルサンチマンの狭間に、ダイレクトに下卑た感情と下品な会話を挟み込んだゆえに共感された。その監督の立ち位置は評価されるべきものだし、彼のこれからも楽しみになる自分なのである。

(評価:★5)

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