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[コメント] 黒い雨(1989/日)

戦争は既に終わり、希望を詠う歌が街にはあふれているのに、田中好子の脳内の時計は止まっている。忌むべき日の残滓は否応なしに隣人を蝕み、フィクショナルなほどの死の連続がやり切れない螺旋を描いて彼女に纏わりつく。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画を観ていると、時々時代を見誤ってしまう。キャバレーの女。雑貨屋。乗合バス。この田舎にも確実に時代の流れはあるのだ。だが田中好子の家にはまだ戦争の残滓が巣食っている。そう、そしてエンジン音を聞くと戦車と誤認して突撃せずにはいられない男の頭にもだ。

田中好子は縁談を断られ続けたが、最後には自ら都会の匂いのする洒落男を拒み、戦争を引きずるくだんの男とつきあう道を選ぶ。田中の時計は黒い雨をかぶった日に止まったままだ。平和の歓楽を享受する人間とは生きる道が違うのだ。彼女は叔父夫婦とあの日一緒だったがゆえに、死ぬまで連れ添う覚悟を固めている。

昔、この「黒い雨」の原作を読みもせずに、学校のプリントに抜書きされていた「正義の戦争より不正義の平和のほうがましだ」というくだりを、そんな考えがファシズムをはびこらせるのだ、と軽蔑していたことがあった。だが、映画を観ていてそれを恥じるシーンに遭遇することになる。朝鮮戦争でトルーマンが核爆弾を使うかも知れぬ、というニュースに主人公がつぶやくのだ。確かにそうであろう、そこに居合わせぬ者が戦争が終わったというのに死んでゆく、そういう戦争が今の戦争なのだ。ラストのなんの希望もない風景を眺めながら、否応なしにそれを痛感させられた。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)寒山拾得[*] けにろん[*] kiona[*]

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