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[コメント] 怪談(1964/日)

たまたま図書館で水木の脚本(但し初稿か?)を見つけ、作品と比較してみた。小林監督は相当数、何ケ所も変えている。それでも出来上がりがこんなに長いのかと呆れるが、それ程力が入っていたのかもしれない。
KEI

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







1.黒髪 (原作は「明暗」の中の一編「和解」)

このラストが中々面白い。原作、脚本、映画とすべて違う。 原作は「我に返った男は外に出て、通りすがりの人にあの家は?」と聞く。答えは奇しくも女は1年前の昨日亡くなったと言うのだ。女の哀れさが読者の心を打つ・・・のであるが、水木のラストは、そんな女はいない、男を呪うばかりだと男の顔が身体が老醜になっていく、という終わり。そして、小林は両者を合わせた。女は男を許し、その黒髪(女の命)が子犬のように(と私には見えた)男にまとわりつくのである。

私としては、原作が好きなので、ちょっとガッカリ。役者では、新珠の美しさが際立つ。

2.雪女 (原作は「怪談」の中の「雪おんな」)

水木脚本はラストを変えた(小林も同じ)。草履である。原作は雪女があっさりと霧になって消えて行く。水木はコワイだけの物語に‘情’を入れたかったのだ。これは良かった。 又、空に浮かぶ目(獲物を見ている化け物の目だろう)は、脚本には無く小林のアイディアか。悪くない。

役者では、仲代。昔から上手いね。。

3.耳無芳一の話 (同上)

この原作には原典が有り(八雲の話は全てそうなのだが)、その原典(一夕散人「臥遊奇談」天明2年刊行第2巻の一遍)は怪奇物語としては傑作中の傑作だろう。

八雲文は散人通りであるが、水木は大幅に手を入れた。琵琶歌曲‘平家物語’の多数をそのまま引用したのだ。映画の特質−現実の音が聞ける−を生かしたのだ。もっとも小林により大幅にカットされたが、それでもさわりは聞くことが出来る。更には、巻物絵と実写により、臨場感が深まった。有名な義経の‘八艘飛び’と教経の最期がこの目で見られるのだ。

それは良かったのだが、肝心の物語が薄くなってしまった感じがする。どういう事かと云うと、原典原作では平家滅亡の描写は一切なく、ただ‘芳一の上手さに幽霊たちが感動し、落涙した’という表現になっている。水木も小林も、今の(そして外国の?)観客は知らないので歌曲を、巻物絵を、実写を入れたが、元原作者が言いたかったのは(極端なことを言えば)どんな話の内容でもよくて、芳一が上手くて幽霊までをも泣かせることが出来たという事なのだ。だから、招かれたし、憑りつかれもしたのだ。下手だったら、憑りつかれもしていない。ここがこの話のミソであり、傑作の所以だろう。そしてその後の緊迫の展開と、人はミスをするものだという人間の捉え方の確かさ、は傑作として言わずもがなの事である。  

映画の特質は生かせたが傑作の味が薄められた、そんな気がする。

役者はやはり中村賀津雄。彼の良さがすべて出たと言える。

4.茶碗の中 (原作は「骨董」の一編)

ラストは原作には無い。原作は3人の武士が消えて行った、でその後どうなったのだろう?・・・で終わる。付け足しは水木のオリジナル。時間も短く(笑)これが一番コワい。

翫右衛門は見た目はおっさんだが、演技は本当に上手く存在感がある。というのが定評だが、本作では上手すぎて、やり過ぎている気がしないでもない。むしろ、サッパリとこなした鴈治郎の方が良かったように思う。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)寒山拾得 ぽんしゅう[*]

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