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[コメント] 崖の上のポニョ(2008/日)

これは、宮崎駿、母に捧ぐ最期のファンタジー
ALOHA

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画を観ることはないだろうと思っていたのは、テーマソングを歌っている雰囲気がいかにも子供向け作品と映ったからだ。今思えば宮崎駿がそんな仕事をするわけがなかった。

ポニョ』は宮崎駿が母に捧げる最期のファンタジーだ。

「ポニョ」の次の監督作品は『風立ちぬ』だが、この2つの作品は自身の引退を飾る、自分自身を投影させた連作だったのだろうと思う。

「風立ちぬ」の製作ドキュメンタリーを見ていると、「今の時代、ファンタジーはもう作れないんですよ」というセリフが何度も出てくる。 時代よりなにより、宮崎駿としては「ポニョ」でファンタジーをやり尽くした。との自負があるのだろう。

「ポニョ」ではCGを一切使わず手書きの作画にこだわった。17万枚という作画数は宮崎駿作品の最高記録だそうだ。ジブリというスタジオだからこそ、宮崎駿だからこそできた仕事だった。この記録はこれからも破られる事はないだろう。

この作品の後、自分自身を投影しながら描いた、遺書とも言える作品「風立ちぬ」を制作し、宮崎駿は長編アニメーションから引退宣言をする。

宮崎アニメファンは、作品中の細部を取り上げて都市伝説を作りだすのが好きだ。メイちゃんの影が描かれていないから本当は死んでいる!とか。なにか一生懸命に作品の暗部を探し出そうとする。 ファンがこのような都市伝説探しに駆られてしまうのは、宮崎駿の少々嫌味な性格が作品に漂ってしまっている事が原因だろう。「ポニョ」は最初から細部にはこだわらず、ファンタジーに徹しているのだが、それでも都市伝説は生まれているようだ。この作品に漂う得体の知れない恐怖感を、子供も大人も少なからず感じているようだ。

この作品に限らず、宮崎駿作品には自然との共生というメッセージが込められている。 宗介の住んでいる町は漁業の町であるにもかかわらず、その海の底は人工物によって汚されている。もはや元のきれいな海に戻す事は困難だ。フジモトはそんな人間の野放図な世界に愛想を尽かし、地球上の生命をリセットしようとたくらむ。

フジモトのセリフに「カンブリア紀に比肩する生命の爆発」とあるが、これは数億年前の古生代前期に海洋が地球を覆いつくし、あらゆる種類の生命・生物が爆発的に誕生した事を指している。動物門のほとんどすべてが出現したといわれている生命の爆発が起きた時代だ。 フジモトは海の生命の水を井戸一杯に貯めて、地球上で生命の爆発をもう一度起こそうと目論んでいた。そうしなければならぬほど、この地球は人間によって汚されていると考えていた。

もし、生命の爆発のような事が起これば地球上の人間はすべてリセットされてしまうだろう。このような驚天動地に比べれば、津波など大したことはない。と、この映画が製作された2008年には思われていたのかもしれない。しかし今、我々がこの映画を鑑賞して感じる違和感や恐怖感は、3.11の記憶がもたらすものでもあるに違いない。

映画ではポニョの暴走により生命の爆発が起こる。しかし井戸に貯めた海の生命の水はまだ少なかったので、爆発の影響は周辺海域だけに止まったが、海には古生代の生物たちが復活し、回遊していた。

グランマンマーレはこの海を「美しい海。デポン紀の海のよう」と表現する。デポン紀とは生命の爆発が起こったカンブリア紀の後、古生代中期の時代のことで、魚類の多様化や進化が進んだ「魚の時代」と呼ばれている。

地球上を「魚の時代」へ引き戻す。宮崎駿の人類への憎しみはそこまでか。

この映画で人間を救うヒーローとして描かれるのは、我らが宗介(5歳)だ。

最後の彼の判断により、「古い魔法」を使った2人は泡にならず人類は救われる。 それにしても、5歳で許嫁(いいなずけ)ができてしまうとは、宗介も大変な決断を強いられたものだ。

この後、宗介の町の海は、美しさを取り戻したのだろうか。

グランマンマーレにポニョを託されたように、 それは映画を観た我々に託されたのだ。

これは、宮崎駿の遺言である。

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■ポニョは天使か悪魔か

ポニョは悪魔である。かのように書いている人がいる。 確かに、大津波の原因はポニョの暴走だ。ポニョの「好きっ」の代償はあまりに大きい。 しかし考えてみよう、フジモトの目論見は、海の生命の水を井戸一杯に貯めた後、カンブリア紀に比肩する生命の爆発を起こす事だった。こんな天変地異が起こったら人間はひとたまりもないだろう。しかし、井戸に貯まった生命の水がまだ少しのうちにポニョが暴走してくれたおかげで、人類は絶滅から逃れたのだ。

■ポニョは聞いていた

宗介の持ってきたバケツのポニョに、ひまわりの家の車いすのおばあちゃん達が話しかける。

「車いすから立って走ってみたいね。」

「人面魚を見ると津波が来るよ!」

おばあちゃん達の言ったことは、その後いずれも本当の事になった。

■女性と母と海と月

この映画に登場する女性はとにかく強い。 リサは、耕一が帰ってこない事で不貞寝をしてみせるが、実は芯が強く自立した女性。大嵐で津波に襲われながら帰ってきて、雨戸を閉めるのではなくカーテンを開けたのは、嵐の恐怖よりも、崖の上の灯台として、海上にいる船舶の役に立ちたいと思う気持ちの方が勝ったからだ。 おばあちゃん達も、グランマンマーレも男性に頼らず、迷わず判断していく。 月は女性の象徴であり、海は母の象徴。 ポニョと小舟の女性とのやりとりは、ポニョが母という本質を理解した瞬間を描いたものだろう。

■生と死

この映画に「死」の匂いが漂っている。と評する人は多い。それは津波による描写だけが原因ではないようだ。

その1つは宮崎駿の得意技である「あの世」をこの映画でも描いているからだろう。 あの世とは死後の世界だけではない。生まれる前もあの世だ。 この映画のテーマは母であり、海。グランマンマーレはその象徴だ。 この映画のキャッチフレーズは「生まれてきてよかった」であり、生がテーマであることを示唆している。ポニョと子舟の親子のやりとりも象徴的だが、その後に訪れるトンネルの前に立ち、ポニョは「私ここ嫌い」と言い、宗介は「僕、ここを通った事があるよ。」と言う。千と千尋やトトロにも出てきたが、トンネルはこの世とあの世を繋ぐ象徴だ。宗介にとっては生まれる時に通った道であり、ポニョにとっては人間になるかならないかの判断の場へとつながっている。2人にとってトンネルは産道のようなものだ。2人は勇気を振り絞り、自分の運命を決めにトンネルを歩いて行く。

もう1つは、宮崎駿が「死」を意識してこの映画を製作した。ということだ。「お迎えが来る日を意識する年齢になったら、母親が出てくるようになった」と洩らしていたら、いつの日か映画の中に「再会シーン」が描かれた。と鈴木プロデューサは証言する。宗介とトキばあさんは、宮崎駿とその母を描いたものだ。

■宗介

宗介は数少ない登場人物の中で、唯一の頼りになる男性として描かれる。 誰に対してもしっかりとした挨拶ができ、母のいう事を我が儘を言わずにきちんと聞く。 母親が不貞寝をすれば、優しくいたわってやる。父親とはモールス信号でコミュニケーションでき、航海の無事を祈る。なんて言ってのける。5歳とは思えぬ完璧な男性だ。 しかし、観客には気に入らない所があるらしい。

それは、親の名前を呼び捨てにすることだ。

この映画で宗介は救世主として描かれる。最後の「古い魔法」による世界の危機は、この5歳の子供の判断に託されるのだ。 従って、この映画では随所に宗介の「しっかりした姿」が描かれ、他の男性陣との対比を利用しつつ、クライマックスにおいても、頼れるしっかりした男性という印象を醸し出している。 そんな彼が、親をパパ、ママと呼んでいては、宗介の自立した印象が台無しになるだろう。

■津波の被害は世界中だったか、宗介の町だけだったか。

人工衛星が落ちるシーンは不要だったのではないかと思っている。ずいぶん俗っぽいものを描いたなという印象。 海の生命の水のパワーによって、重力までもが変化した(らしい)。月は近づき海面を上昇させ、人工衛星は重力バランスが崩れ地球に引き寄せられ落下した(のだろう)。 しかし、私は津波による被害は、宗介の住む漁港の町周辺で止まっているのだろう。と思っている。 その証拠は映画の最終シーンだ。 宗介が「魚のポニョも、人間のポニョも、半魚人のポニョも大好きだ」と言ったことで、グランマンマーレは「世界のほころびが閉じました!」と宣言。再び平和が町にやってきた。 おばあちゃん達は丘を駆け上がり、耕一の船も無事に帰還した。 空にはたくさんの救援ヘリコプターや飛行機、自衛隊の艦もやってきている。 そう。こんな小さな漁港にもかかわらず、たくさんの救援ヘリコプターや飛行機、自衛隊が派遣されてきたのだ。 もし、世界中で津波が起こっていたなら、手が足りず、小さな漁港の町にこんなにもたくさんの救援ヘリコプターや自衛隊が派遣されてくるわけがない。 つまり、津波の被害はこの漁港の町周辺だけだったのだ。しかも住民たちはホテルに避難して全員無事だった。海の水が引いた後は、たくさんの魚が獲れるようになり、漁港は以前よりも栄えたのだった。

そうであってこそ、日本を代表するアニメータ宮崎駿、最期のファンタジーではないか。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)Orpheus[*] 寒山拾得 けにろん[*]

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