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[コメント] イングロリアス・バスターズ(2009/米=独)

勿論とても面白かったけれど、余りにコアな映画ファン、もう好事家と云ってもいい映画通への目配せが多過ぎるように思われて気恥ずかしい。また、改めて映画監督としての胆力というか膂力というかを認識したが、でも実は手放しで褒めちぎるほどのことでもないと思う。薄っぺらな造型も見受けられる。
ゑぎ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 ただそれでもこの技量は現在では貴重だ。タランティーノ・ブランドのファンとは意見を異にするかもしれないが、既製の脚本でもいいから、つまり個性が多少薄れたとしても、この水準の演出技量を披露する作品をもっと量産して欲しいと思う。

 衒学的であることから自由になった上で、力のある演出技量とはどういうことだろうか。例えばファーストカットから続くオープニングシーンのパースペクティブな画面。もうこのロケーションを探し出せただけで「心底映画を愛することで、映画に愛されている」演出家の幸福を感じ取ってしまうのだが、さらに、洗濯物の白いシーツにマスキングされた画面があり、シーツをめくるとロングショットで丘の向こうからサイドカーがやってくる、という出だしの興奮はどうだろう。このドイツSS訪問シーンに3人の美しい娘が登場する演出(脚本じゃない)の納得性。これは、三姉妹がドイツ兵によって蹂躙されるのではないかという観客の不安と期待を手玉に取るために配置されたものだ。蹂躙される期待が廃棄された時点で失望はしたけれど(床板を蜂の巣にする画面造型もイマイチだったし)、だがメラニー・ロランが逃走するカットで復讐劇のお膳立てが完成するこの巻頭シーケンスはクリストフ・ヴァルツへのディレクションを含めて本当に見事に制御されている。

 タイトルロール(バスターズ達)が特に前半いい加減な、力のない描かれ方で(肩の力の抜けたと云うべきか?)、例えば「ユダヤの熊」イーライ・ロスの登場シーンなんか、もっと怖さを出すか、或いはもっと脱臼技でコメディ・パートにすべきじゃないかと思ったりもするが、しかし演出力を感じさせるシーンは随所にある。ただ、私が本作の白眉を選ぶとするなら、巻頭シーンか中盤の地下酒場のシーンになる。こゝが良いのは何と云ってもシーケンスの途中唐突にゲシュタポの将校を登場させるそのタイミングと見せ方だ。こういう小さなギアシフトのような演出が抜群に上手い点を評価すべきだろう。

 ただし、ダイアン・クルーガーの最期についてはもっと臨場感が出せたはずだと思うし、さらにメラニー・ロランとダニエル・ブリュールの映写室での帰結についても私は感心しません。カメラが被写体に感情移入し過ぎだと思う。こゝで突き放さないのがタランティーノらしさだろうが、私の好みではない。ただ、その後に提示される、炎上するスクリーンのもうもうたる煙に映写機から投影された光で映るロランの顔の画面はちょっと他にないビジュアル感覚で特記すべき。これは企図され設計された画面ではなく偶然の産物−奇跡ではないかと思えてしまう。カットで一番驚いたのはこの顔のカットかも知れない。矢張り画面感覚においてもアクターズ・ディレクションにおいても図抜けた才能を持ち合わせているのは確かだし、その上この人は「映画に愛されている」と思ってしまう。

#タイトルバックのBGMは音源としては『アラモ』かも知れないが、心としては『リオ・ブラボー』における「皆殺しの歌」のリファレンスだろう。(なんて云うのは衒学的だろうか。)

(評価:★4)

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