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[コメント] 今ひとたびの(1947/日)

ファーストカットは、木の枝の間から男が立っているのをとらえた俯瞰クレーンカット。神宮外苑の絵画館前だ。男は軍靴。主人公の龍崎一郎。女性物の時計を取り出す。
ゑぎ

やゝあって回想に入り、戦前戦中を背景として、無料の診療所(劇中ではセツルメントと呼ばれる)の医師(龍崎)とブルジョア令嬢−高峰三枝子との、恋とすれ違いを描く。二人の出会いは、龍崎の大学時代の友人−北沢彪が演出したハムレットの観劇シーン。高峰はオフィーリアだ。演劇シーンは、まずは劇場の天井あたりからの大俯瞰で舞台上を映し、ディゾルブしてハムレットのバストショットに繋ぐのだが、なんと田中春男がハムレットだ!本作の田中、大阪弁は全く使わず、ちょっとナヨナヨしたお坊ちゃん役で徹している。尚、本作は、ディゾルブで見せる印象的な演出が多数ある。白い薔薇の花から高峰へ、等。

 前半では、いかにも高そうな洋服を来た高峰が、龍崎のセツルメントに訪ねて来るシーンが、私には特に見応えがあった。雨の中、門にたたずむ高峰。次第に激しい雷雨になる。何とも重苦しい雰囲気だし、はっきりと科白として口に出すワケではないが、二人が想い合っている気持ちがひしひしと伝わる。本作は全体に肌理細かにカットを割り、一部古臭い繋ぎに思える部分もあるが、しかし実に的確に感情を伝えていると思う。

 後半の見せ場としては、ジャーナリストになった北沢の従軍壮行会の夜、龍崎と二人でバー(店の名前は「しろばら」)へ飛び込むと、そこは高峰の店だった、という再会の場面。このシーンの高峰は和服姿だ。彼女の情感創出の演出も見事だし、先に帰った北沢の、道を歩く後ろ姿から、クレーンで店の屋根の天窓(窓の向こうに高峰と龍崎)へ移動で寄るカットがいい。翌日二人は、外苑の絵画館前で会うのだが、龍崎には前夜召集令状が届いていて、あと2時間余りしか時間が無い、という状況になる。二人階段に座って朗らかにサンドイッチを食べるシーンが胸締め付けられる。お互いに時計を交換し、戦後、毎週日曜日の10時に、こゝで待つと約束する。

 さて、高峰は海に向かって、龍崎はダムの上で、それぞれ相手の名前を大声で叫ぶといった、ちょっとベタ過ぎるメロドラマの演出なんかもあり、このあたりは今見るとお寒い感もするし、上にも書いた、古臭く感じる人物のアップ挿入の繋ぎも散見するが、良いシーンも多くあり、ちゃんと挽回していくのだ。公開当時評価されたのは(キネマ旬報ベストテンの3位)、思想的な部分もあるのだろうが、五所の演出にも十分に見応えがある。

#備忘でその他配役等を記述。

・龍崎のもう一人の友人の田中(役名)は、河村弘二だろう。河野秋武ではない。

・高峰の友人、演劇仲間では谷間小百合がよく目立つ。高峰の兄嫁は、一の宮あつ子。兄の家の女中は田中筆子だ。兄は出てこない。セツルメントは月島にある。高峰への一の宮の科白「どうして月島なんかに」

・セツルメントの見習い看護婦で中北千枝子出雲八重子もいるが看護婦か?尚、清川玉枝は出ていない。役名「村上きよ」は出雲八重子だろう。

・刑事は清水将夫。龍崎は御茶ノ水駅で逮捕される。

(評価:★3)

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