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[コメント] シェイプ・オブ・ウォーター(2017/米)

緑ではない、ティール色のキャデラック。駐車場でリチャード・ジェンキンス運転のバンが右前部にぶち当たる。この展開、容易に予期できる構図のカットがワンカット、衝突前に挿入されており、良くない。しかし明らかな瑕疵はこゝぐらいだと思った。ほとんど完璧な映画じゃないか。
ゑぎ

 ほとんど完璧とか云いながら、ダグ・ジョーンズ演じる"不思議な生き物"のキャラクタリゼーションはかなり幼稚だと思う。育毛効果は、さすがにどうかとも思う。

 しかし、もう、私は「You’ll Never Know」に参ってしまった、というのが大きいし、水に沈んだ部屋に漂うサリー・ホーキンスから始まり、彼女が入り江に沈むエンディングに至るまで、美術装置は、まるでフリッツ・ラングのような、パラノイアックな完全な世界の構築が目指され、ほゞ具現化できていると思えるのだ。ホーキンスとジェンキンスが住む住居。その階下の映画館の造型。航空宇宙研究センターの色調の統一。ホフステトラー博士が呼び出される採砂場の、50年代犯罪映画を想起させる雰囲気。そして桟橋と入り江。

 そんな中で、私の嗜好(志向)をくすぐる数々の趣向に悉くはまってしまう。マイケル・シャノンの小指と薬指。主人公達が住む部屋の階下の映画館から、始終、上映されている映画の科白が小さく聞こえているといった仕掛け。"不思議な生きもの"が、映画館で一人仁王立ちしてスクリーンを見ている感動的なカット。また、この場面で投影されている映画(『砂漠の女王』という映画)のカットが良いのだ。そして、極めつけは、ホーキンスが通勤で使っているバスのシーンで、映画の中のバスは、常に現実を異化する装置だが、本作の白眉はバスの窓の雨滴の演出だろう。

 さて、こゝからは、映画的な話でもないので恐縮なのですが、本作の主人公であるサリー・ホーキンスは、聞こえる唖者(Mute)である。考えてみると、映画史の中で聞える唖者は多く描かれている。例えば『らせん階段』のドロシー・マクガイアや『ピアノ・レッスン』のホリー・ハンターがすぐに思い浮かぶ。しかし、喋れる(ある程度喋れるといった方がいいが)聾者(Deaf)は、ほとんど描かれない。映画の中の聾者は喋れない聾者(聾唖者Deaf/Mute)ばかりなのだ。『あの夏、いちばん静かな海。』の胡散臭さが良い例だ。私の近親者にも、職場にも、喋れる聾者はおり、少なくも私にとって身近な存在であるにもかかわらずだ。これって映画で取り上げやすい/取り上げにくい、という理由であることは、よく分かるのだが、それでも、ある種の差別であると感じる。本作のサリー・ホーキンスも、聞こえる唖者として、映画的に十二分に機能する。ジェンキンスやオクタヴィア・スペンサーとの手話を伴う会話シーンの切り返しの描き方で、特にそれを思う。それでも、喋れる聾者を描く勇気も必要であると思う。

アリス・フェイの「You'll Never Know」といえば、スコセッシの『アリスの恋』の冒頭シーンですね。昔から大好きなスタンダード・ナンバーなのです。

(評価:★5)

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