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[コメント] 偽れる装い(1945/仏)

人間かと思う精巧なマネキンと男が地面に倒れており、数人の女性が見下ろして会話するオープニング。この後、時間が遡って、その顛末が主要プロット。ラストはこの冒頭がほゞ繰り返される。
ゑぎ

 主人公はオートクチュールのデザイナー、フィリップ−レイモン・ルーロー。その登場は新作コレクションの準備がはかどらず、イライラしているシーンだ。秘書のようなアンヌ・マリー−フランソワーズ・リュガーニュは元恋人。フィリップの右腕のソランジェ−ガブリエル・ドルジアと、お針子の主任のようなポーレット−ジャンヌ・フュジエ=ジールという二人のベテラン女優の存在もいい。そして、フィリップの部屋には、精巧なマネキンがあり、針山付きの腕輪をマネキンの腕と自分の腕に取ったり付けたりする。

 プロットが動き出すのは、フィリップが友人の服地業者ダニエル−ジャン・シュヴリエへ苦情を伝えに行った際に、そのフィアンセに出会ったことからだ。彼女はミシェリーヌ−ミシュリーヌ・プレール。科白では19歳とのこと(撮影時22歳頃か。『肉体の悪魔』の2年前ぐらい)。出会いのシーン。このエレベーターを使った演出のディゾルブ繋ぎの肌理細かさ。なんて洒脱なんだろう。本作の前半は特にディゾルブ繋ぎが目立つのだが、とてもいいリズムを作っている。そして、ダニエルの出張中にフィリップとミシェリーヌは何度かデートを重ね、あっという間に恋に落ちるという寸法だ。

 二人の恋愛場面の中で、クダンのマネキンからミシェリーヌへの繋ぎがあるのだが(マネキンのショットは、こゝだけ人間が演じているように私には見えた)、これは、ラストの(冒頭の)顛末の象徴でもあるだろう。マネキンから繋がれたミシェリーヌは、レコードに合わせて歌を唄うという演出だ。また、このショットのミシェリーヌが目の覚めるような美しさなのだ。この後、フィリップの情動にミシェリーヌも逆らい難く、二人は関係を持つ。

 その他、中盤でちょっと書いておきたい場面として、ミシェリーヌの叔母さんの家で、ダニエルも加わって家族でピンポンをするシーンがある。観戦をしているミシェリーヌとダニエルに、二人の結婚について皆からいろいろ云われるシーンでもあるのだが、左右にピンポン球が移動するのを追いかけて見る視線の演出でもって、苛立ちの感情を表出させるのが、とても上手く、舌を巻く思いをした。

 さて、こゝからのプロット展開もかなり複雑なもので、もうざっくり割愛してしまうが、愛し合ったフィリップとミシェリーヌは結局別れ、彼女はダニエルの元に戻る、とだけ記しておこう。クライマックスは、コレクション発表前日(前夜)のフィリップとミシェリーヌが、それぞれの真実の気持ちを共有する場面だと私は思う。この時、フィリップの元恋人アンヌ・マリーが隣の部屋から二人の会話を聞いており、さらに同時にコレクション発表準備が終わったスタフたちが、フィリップを捜して乾杯を待っている、という状況で、人物が画面に出たり入ったりする。この辺りの畳み掛けて見せる演出は、本当に見事なのだ。

 ただし、最終盤、冒頭のシーンにいたる錯乱したフィリップの描き方は、ちょっとクドイ描き方だと思った。もう既に帰結は分かっているのだから、もっと簡潔な演出で充分じゃないか。もっとも、フィリップの錯乱状態は長めに見せるが、窓から地上への落下の描写は、唖然とするほどそっけない。この影を使った画面造型は良いと思う。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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