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[コメント] 人生とんぼ返り(1955/日)

日活版。1950年の東横京都版『殺陣師段平』のセルフリメイクというか、リピートといってもよいぐらい、そっくりな再映画化作品だ。にもかゝわらず、だ。前作と脚本家クレジットが異なっている。
ゑぎ

 原作は戯曲(長谷川幸延作)なので、もともと、映画脚本のオリジナルな部分は僅少だったのだろうとも思うが、それにしても、本作の脚本家として黒澤明の名前が落ちているのは不思議に思える。なんらかの大人の事情があったのだろう。

 では、前作との相違点をまじえながら、特記すべきことを書いておきます。まず、プロット上の相違については殆どなく、シーケンスの運びも変更されていないのだが、はっきりと指摘できるのは、前作で加藤嘉が演じた、段平に新国劇からの、引き抜き話をもちかける男のシーンが割愛されている。あとは、エンディング(ラストのラスト)の森繁久彌山田五十鈴の再登場場面ぐらいだと思う。確かにこのエンディングの追加は映画全体のトーンを決定づける改変と云ってもよいもので、もしかしたら、黒澤のクレジットがなくなったのは、この部分にあるのかも知れないと推量してしまうところだ。

 次に、俳優陣について触れておく。主人公段平、座長沢田正二郎、座付き作家倉橋仙太郎、いずれも、私の好みでは前作の月形龍之介市川右太衛門進藤英太郎に軍配を上げる。本作ではそれぞれ森繁、河津清三郎水島道太郎が演じるが、森繁は別としても、やはり、河津と水島では格が違う。特に前作の市川右太衛門の存在感に河津では太刀打ちできない、という感覚だ。森繁の段平に関しても、私には粘(ねば)っこすぎるように思う。月形の簡潔さと厳しさが好みだ。例えば、本作を見た観客の誰もが忘れられない、キャッチーな台詞として、森繁が使う「リアリジューム」があるが、前作の段平は、沢正から「リアリズム、写実だよ」と云われて「リアリ....なんでんねん?」と受けただけだ。(こんな感じだったと思います。)「リアリジューム」はそれはそれで愛すべき本作の美点でもあるが、どうしても「くどい」感覚を持ってしまうのだ。さて、この台詞の前作との相違は、はたしてマキノの発案なのか、あるいは森繁のものなのか。私は案外、撮影現場での森繁のアドリブが採用されたのではないかしらん、と思っている。あと、前作と全く同じ役をいずれでも演じている山田五十鈴は、こゝでもやっぱり惚れ惚れする。前半の森繁とのかけ合いの上手さは、前作以上かもしれない。

 一つ大きく残念だったのは、前作で、とても視覚的な面白さの助けになっていると感じた、髪結いの家のセットの改変だ。中二階の部屋や縁側がなくなっていた。こゝが顕著だが、全般に本作は、美術・装置が見劣りする。

#まだまだ書いておきたいことがあり、備忘というかたちで記します。

・娘の「おきく」は左幸子。前作の月丘千秋(夢路の妹)よりも爪あとを残す。

・ラストまで絡む段平の親友で道具方の兵庫市は森健二。前作では杉狂児

・前作では段平の馴染みの店の「つけ馬」(ツケの取り立て)で若き赤木春恵が出演していた。本作でも全く同じ役柄はあるが、私には無名の女優だ。

・若い役者の中で目立つのは本郷秀雄。前作では原健作

・後半の京都のシーン。坂(階段)の途中にある氷屋のロケーションは新旧とも まったく同じではないか?氷屋の婆さんは初音麗子から加藤智子へバトンタッチ。呼ばれる医者は、本作は澤村國太郎が、前作では横山エンタツが演じている。この婆さんと医者のコンビも、前作の方が「上方」らしくて断然良かった。

・ちなみに、本作の氷屋の婆さん、加藤智子は戦前の映画スター、マキノ智子の別名で、マキノ雅弘の実の姉。当時、澤村國太郎の妻であり、長門裕之津川雅彦の母。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)disjunctive[*] 寒山拾得[*]

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