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[コメント] あ、春(1998/日)

まずこれは、とてつもなく気持ちのいい映画だ。決して幸福感溢れる筋立てではないし、いや逆に厳しい現実に揺さぶられる人達ばかりが描かれているのだが、映画の画面の心地よさはプロット展開とは全く無関係である、という当たり前と云えば当たり前のことが証明されている。
ゑぎ

では誰もが感じるであろう、この柔らかなフィルムの手触りはどこから来るのだろう。技術的な部分で云うなら、まず移動撮影の安定と洗練ということが上げられる。かつての、例えば『ションベン・ライダー』や『魚影の群れ』『雪の断章』のような、ブレまくり、揺れまくりの、ワンカットの長回しであることを強烈に主張するような、或いは観客にとってはワンカットであることを意識せずにはいられないような、そんな移動撮影は本作では全く見当たらない。でも本作も驚愕のシークェンス・ショットだらけなのだ。一見、ワンカットだったとは思えないような、カットが割られていなかったとは信じられないようなスムーズさの獲得が、本作の「見ることの快感」に繋がっている部分は大きいだろう。(ただ、あの頃の無理からのワンシーン・ワンカットの造型が懐かしいという気持ちも起こってしまうのだが。)そして、もう一つ本作の気持ち良さの拠り所を上げるなら、矢張り演出の眼差しの優しさ、柔軟さ、ということになる。相米慎二の映画はその処女作から、登場人物に対しては、厳しさの中にも同時に優しさの溢れた映画だった。本作でも、例えば、節分の豆まきのシーンが唐突に挿入されるが、こゝで我々観客は、闖入者・山崎努がいつのまにか斉藤由貴にも、藤村志保にさえ受け入れられていることに、かなり驚かされる。このようなシーン構成の転調ぶりと画面に弾ける無邪気さの演出は、脚本レベルで決して具現化しない演出家の優しさと柔軟さの表出だと思うのだ。このような心地よい驚きがあちこちに散らばっている。私は、かつて相米がこのような洗練さへ行き着くとは思ってもみなかったし、ある意味少々物足りなくもあるのだが、ただ、それにしても日本映画界にあってこの演出力の突出が、まだまだ大きく成長し新たな相貌を見せてくれたであろうと思うと悔しくて仕方がない。(今さらこんなことを考えてもしょうがないのだが。)

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)けにろん[*] ナム太郎[*] 寒山拾得

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