[コメント] 天然コケッコー(2007/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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転校生の大沢は冒頭で、「店も病院もねぇのかよ、使えねぇド田舎だ」と言わんばかりの態度をとるけれど、その後そのことが一切不便でたまらないという描写は出てこない。そよがそのことを不便だと感じたことがないからだ。
また、二両編成の電車が通過するカットをさらっと入れていたりする。三両や四両でない、二両編成だ。そよたちがコートを買いに行った場所だって、おそらくそよたちの住む○○村から電車で○○町(あるいは○○市)に行ったところにあるデパートの売り場だろう。いまどき、男子中学生だってちょっとオシャレに興味があれば服を買いにファッションビルに行く。でもそよはそんなこと気にしていない。今の生活に満足しているからだ。
かと言って修学旅行先の東京という場所も悪く描かれているわけではない。そよが東京を嫌いではないからだ。あちこちに案内が出ていて、忙しない様子で人々が行き交う駅構内に戸惑いはしたものの、高層ビル街の中でも田舎と同じようにゴォーと聞こえたことに親近感もちょっと抱いた。
ただ、俺が東京修学旅行のエピソードで最も驚いたのは、そよが、好きな男の子が友達と一緒にはしゃぎ回って見たこともないような表情をしている時に抱いた、言いようのない感情まで描いていたこと。好きな異性が他の人といるときに見せる顔が全然違うことって、時折その違いにビックリさせられることもあるけど、自然と知っていく事実なわけじゃん。ただそよの場合、同年代の人間が周りにいないから全然そういうことを知らない。だから余計に感情は複雑だ。大沢と、なぜか修学旅行に半分同行しちゃってる友人を見つめるそよの表情でそれをしっかり描いてる。
必ずしも映画に必要じゃないシーンを積み重ねていくことで作られた映画だ。でも、そんなさりげない描写によって映画の出来は非常に高まっている。劇的な変化が訪れたわけじゃない。ただゆったり時が流れていく中でも、些細な出来事がいろいろあって、その中で少しずつ、そよもそよの周囲も変わってきている。そのことが的確に描写されている。
ここまで描写がうまいだなんて、監督はもしかして田舎出身なのか!?と思って検索をしてみると愛知県。じゃ、見事な脚本を書き上げた渡辺あやが田舎出身か!?と思って検索してみると兵庫県。両親の実家が田舎だったのかな・・・。夏帆も思っていたよりかわいらしくて(妹と同じ年なんだよね・・・)、人に薦めたくなるような一品だった。
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