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[コメント] キッズ・リターン Kids Return(1996/日)

バイク事故が無かったら、生まれなかった映画。
Pino☆

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この映画から「生への執着」と「人間の力強さ」が強烈に感じられるのは、例のバイク事故を抜きには語れない。死の淵を彷徨い、九死に一生を得た監督が作った作品だからこそ、この映画には、今までの作品と一線を画す何かがある。

 正直言って、『キッズ・リターン』までの北野映画は、コンセプトはあるものの、ストーリー性には乏しかった。『あの夏、いちばん静かな海』にしろ、名作『ソナチネ』にしろ、「死」という終着点に向かう人を淡々と描いているだけで、ストーリーその物の面白味は殆ど無い。それでも、それらの北野映画が観客の心を捕らえて離さないのは、北野武独特の感性による表現力に圧倒されてしまうからである。

 有りふれた日常の捉え方、突発的でリアルな暴力描写、静と動の独特のリズム、美しい音楽、キタノブルーに代表される色・・・ これらは、類まれな感性の鋭さによるものであり、他の人が真似できるものではない。だからこそ、この独特の世界を気に入った人は、一度北野映画にハマると、抜けられなくなってしまうのである。そういった意味で、これまでの北野作品は感性だけで撮った映画と言っても過言では無い。

 しかしながら、瀕死のバイク事故を経て作られた本作『キッズ・リターン』は、今までの感性的に仕上げた作品とは違い、観念的なストーリーがこれまでになくしっかり作られている。しかも、今までの”死”の幕がプツンと振り下ろされる結末と異なり、本作では、2人の主人公は”死”と背中合わせになりながらも、最後は必死に”生きる”ことを選択する。だから、何か凄く励まされる。

 「”生きる”ことは人間の使命である。そして、生きている限り”終わり”なんてものは訪れない。どんなに傷ついても、落ち込んでも、生きている限り、人間には、次の”始まり”に向けて走り出す力があるのだ。」 何だかそんなことを、このストーリーは伝えようとしている気がするのだ。

 バイク事故を通して北野武が考えたことは、良く分からない。しかしながら、武本人が著作などで語っていることから推測すると、死の淵を彷徨い、瀕死の重傷からから底知れぬ力強さで回復し、色々な人に励まされながら、不可能と言われたカンバックを果たした結果、彼が導き出した結論というのは「結局、人間は必死に生きるしかない」ということなのだろう。ただし、これは悲観的な結論ではない。あくまで生きる人への可能性や希望を込めた肯定的な結論だと私は思う。

 そして、この自ら導き出した結論が、ストーリーの軸となって本作は作られている。だから、本作は今までに無く”生きる”ことへの執着が感じられるし、ストーリー運びに美しさを感じるのである。ちなみに、表現の方法は違うものの、この結論は次に作られた傑作『HANA−BI』にも受け継がれている様に感じる。

 フライデー事件によって、名作『ソナチネ』が生まれ、バイク事故によって、本作や傑作『HANA−BI』が生まれた。そう考えると、あの様な事件や事故を北野武は全て芸の肥しとして起こしている様な気にさえなる。もし、本当にそうだとしたら、”途轍もなく凄い”と言うより他に無い。

(評価:★4)

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