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[コメント] 扉をたたく人(2007/米)

「人をこんなふうに扱っていいのか」―この一言に私はかつてないほど心を揺さぶられた。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







最初はあまり気にしていない映画だったが、たまたま劇場で見た予告編でのこの台詞が妙に心に引っかかり、映画館へ足を運んだ。

「厳格な法手続きの執行」という点から見れば、たとえわずらわしい手続きであるにせよ、また大目に見られていたようなものであるにせよ、それを怠っていたタリクが強制送還されるのは、当然の事かもしれない。

だが、それを「仕方がない」、「やむを得ない」で済ませていいのだろうか?

序盤に期限切れを理由に読むことも、遅れた理由を尋ねることもせずにレポートを突き返したウォルターの姿は、人のそれぞれの複雑な、それこそやむを得ない事情には一切耳を貸さずに、「ルール」の機械的な運用を盾にとる、まるで私の、私の一面(すべて、と言い切る勇気は今の私にはない)を写したように見えた。なぜならそのシーンでは、私は「そうだよな、仕方ないよな」としか思わなかったから。

本来、人が自由に、幸福に生きるためのものが、そのための法が、人を不幸に追いやっていいのか。ありきたりだろうとどうであろうと、そんなことを考えずにはいられない。

これはまったくの偶然だが、梅田のミニシアターでこの映画を見た後、つらつらと歩きながら淀川の堤防まで出た。その時、太鼓の音が聞こえてきた。「ええっ、ひょっとしてジャンベのミュージシャンが?」と思って堤防の上に登ると、そこにいたのは間近に迫った大阪・天神祭にそなえて、おそらくは先輩から和太鼓の手ほどきを受けていた後輩という二人組みが、和太鼓をたたいていた。

それからしばらく堤防に沿って歩いていたら、今度はバイオリンの練習をしている人がいた。一人で同じフレーズを2、3回、繰り返しながらひいていたから、間違いなく練習であろう。

こじつけかも知れないが、こうやって音楽を楽しんでいる人がいきなり、「厳格な法手続きの執行」によって拘束され、その音楽の楽しみを奪われてしまうことが、許されてよいはずはないと、思わずにはいられなかった。

とりわけ、タリクが最後にスクリーンに登場するシーン。あの陽気で明るい彼が、すさんで面会に行ったウォルターに「外にいるお前にわかるものか」と毒づく。人をそんなところへ追いやることが許されるのか。(同時にここで、その彼のすさみようをどっしりと受けとめたリチャード・ジェンキンスの演技は特筆すべきものだった)

このシーンを最後に、タリクはもう出てこない。スクリーンで彼に会うことは二度となかった。それでいいのか、人をこんなふうに扱っていいのか。激しく心を揺さぶられた映画だった。

余談だが、リチャード・ジェンキンスが、ジャンベの練習に励む描写の中に、食事をしているときとか同僚との打ち合わせなどでさりげなく、手でリズムをとっているシーンがあった。それを見て、周防正行監督の『Shall we ダンス?』をつい思い出した。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)サイモン64[*] KEI[*] muffler&silencer[消音装置] けにろん[*] Master[*]

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