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[コメント] インセプション(2010/米)

行きつけのシネコンで観たのだが、暗い劇場内から明るい廊下へ出たその一瞬、自分がどこにいるのかわからないような、夢から覚めたような錯覚をおぼえた。リアルな空想を存分にかきたてる、極上の空想的SFだ。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







マトリックス』とよく似ているが、本作の土台はあくまでも現実の中にある。幼い子どもを残している国に妻殺しの容疑のために帰れない男が、「帰国」という報酬を目的に危険な仕事へ手を出すというのも現実だし、「夢」はあくまでも「夢」として扱われ、目が覚めたら何事もない、という約束は貫かれている。

そういう設定をうまく生かし、しかも物語の進行に合わせて「謎」はサクサクと解明されながら、一種の冒険旅行のように標的の夢の世界に飛び込んでいく。しかも「夢」と気づかれないように、という制約をつけることによって、そこで展開される世界はある程度、現実的であることが要請される。

さらに「夢」の中で「夢」を見るなんていう複雑な仕掛けまで用意しているにもかかわらず、それを現実=飛行機の中として、飛行機の中で見る夢は「土砂降りの市街」、その「土砂降りの市街」で逃げるバンの中で見る夢は「ホテルの中」、その「ホテルの中」の一室で見る夢は「雪山の要塞」、「雪山の要塞」で急遽見ることになった夢は「完全に空想してつくり上げた思い出の場所付きのビルの街」、と目で見てわかりやすく色分けしていて、それぞれが覚醒のときに向けてクライマックスを迎えていく。

よく出来ている、と言ってしまえばそれまでだが、本作が「よく出来た」の上をいく水準に到達できたのは、それぞれの「夢」の中でのアクションをかなり大掛かりに、そして迫力もって描いているからだろう。

市街地や雪山での銃撃戦はアクション映画としても存分に楽しめるし、標的に「夢の中だから重力もおかしくなる」と告げた「ホテルの中」では、夢を見る本体がカーアクションにあわせて大きく揺れ動いたり、自由落下したりすると重力の法則が大きく狂う、という「お約束」の中で、言ってみれば「リアルな夢」ならこうなるだろうな、という映像を堪能させてくれた。

「夢だ、夢だ」とわかっていても、ここまで大掛かりに、丁寧でリアルな映像で見せられると、こういう世界が本当にあるのかも、と思わせてくれた。この点で大満足である。

さらになんとも言えない微妙なラストも抜群だと思う。

「これは夢か」と疑ったディカプリオが反射的に例のコマを回す。バランスを崩してあるから現実には回転を続けられないコマは、テーブルの上で回り続けてラスト。

やっぱり夢なのだろう。いくら愛娘の忘れ形見であるかわいい孫の実父が晴れて大手を振って帰国できるようになったといって、やばい仕事の直後に出迎えにこれないだろうし、現実に出迎えるならその子どもたちを連れてくるだろう。

ところがそこに子どもはおらず、いきなりこれまた例の子どものための家に場面が変わる。つまりディカプリオがどうやってその家に来たのかは示されていない。だから、夢なのだろう。

なぜ、そういう結末なのか。それは、ディカプリオの亡き妻の行動が示している。夢の中での亡き妻の行動はディカプリオの潜在意識の投影、反映であるが、その亡き妻がやっていることは、本作の中ではことごとく彼の仕事の妨害であり邪魔ばかりしている。

だからディカプリオ本人も、多額の報酬のための仕事や待望の帰国がかかった仕事でありながら、心のどこかにその成功を望まない気持ちがあるのだろう。

そしてそれは、妻を死なせてしまった、死に追いやってしまったという罪の意識と表裏一体のものとして、自らも絶望して「死ぬことによって現実=本当に望んでいる世界へ行きたい」という潜在意識があるのではないか。

だから、彼の最後の仕事、標的に「アイディア」を植え付けた後に、スポンサーを虚無の世界から助け出すという仕事は、失敗し自らも「死=虚無」を選んだ、ということなのだろう。彼は「死」を選んだことによって、子どもたちと出会うことができるという「夢」の世界へすすんだのだろう。

もちろん、本作のラストについてのこのような解釈は、私の手前勝手な空想に過ぎない。

映画そのものは、回転を続けるコマのアップで終わった。映画は何も語っていないのだ。 だからこそ良いのだ。ただ、そういう空想を、リアルな空想を存分にかきたててくれたのは、まぎれもなくこの映画の魅力であり、力であると思う。

また、本作にはクリストファー・ノーラン監督の名作『ダークナイト』で見た役者さんが何人か、出ていた。そういう役者さんへのこだわりはなんだかうれしい気持ちにさせてくれる。

さらに、重低音をきかせたBGMは意外なほどに効果的であったと思う。

(評価:★5)

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