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[コメント] ガス人間第一号(1960/日)

「技術」のワクを超えた特撮の真髄!ゾクゾクさせる伝統芸能の様式美!いっさいの妥協を排して筋をつらぬき展開されるドラマ!これらが見事に融合し、日本映画の一つのあり方を示した歴史的映画ではなかったか。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







見終わって思わず「凄い」とうめきたくなる衝撃を受けた。それは、大ホールを焼き尽くすラストの壮大な迫力のため、だけではない。見るものを引きずり込む特撮、その美しさに魅入られる日本舞踊、そのつらぬき方に圧倒される愛、これらが一体になっていることに驚愕した。

まず特撮。時代を考えれば、この映画で使われている技術は私にもおおよその見当はつく。最新のCGとかSFXみたいに「どうやってるの?」という突拍子もない技術はない。しかし、その使い方がすごい。服のスキマからもうもうと出てくるガス。膨らみをもたせた服を操る動作。それらが、「人体が本当にガスになったら、あんな感じじゃないか」というイメージにぴたりとはまる。

それがあまりにもぴたりとはまり、「おおっ」と想像力が激しくかきたてられる。そしてその想像は、「人体がガスになるわけがない」という知識を凌駕して、「ガス人間」がいる世界へと、引きずり込むのである。

見るものの、この想像力を湧き立たせることこそが、特撮の真髄ではないだろうか。特撮とは、技術を見せるものだろうか?現実ではありえないことによりリアルな外見を与えることだろうか?映画における特撮とは、見るものの想像力をかきたて、その映画の世界に、たとえ上映時間だけの間であろうとも、没入させてこそ、その役割を果たすのではないだろうか。

そして日本舞踊の美しさと、この映画へのはまり具合はどうだ。古い日本映画に、たまにいきなり舞台での日本舞踊が登場することがある。(『踊るマハラジャ』みたいに唐突なものもある)ドラマ上の演出の一つとして、登場人物の心情表現の一つとして、歌舞伎のシーンとか、舞を見せている。

おそらく昔の日本映画には、歌舞伎の世界や芝居の世界から映画に入った人がいたから、そういう演出上の「クセ」みたいなものがでるのだろう。しかし、いきなり派手に場面転回した上、綺麗な衣装で舞われてもあっけにとられてしまうことだってある。

ところがこの映画では八千草薫の、絶品とも言える美しさをともなった舞が、映画の軸とうまくからみあって、実に効果的にその場その場を盛り上げている。冒頭、爺と二人でのシンプルな稽古。警察が来た時には、ずらっと囃子方を揃え、中断を許さぬ執念の稽古。

藤の小枝の小道具をいとおしむ様に自らつくるシーン。そしてなんと言ってもクライマックスは、大ホールでの堂々たる舞。その藤の小枝を引き千切り、般若の面をかぶり、流れるような美しい動作でありがなら、あるいはそれ故にか、八千草薫という女性の、燃え尽きる寸前のろうそくのような、激しく、そして痛ましい心が、ひしひしと伝わってくる。

この特撮と舞によって最大限にひきたたされたのが、「ガス人間」の破滅的な愛である。それは映画全体を支える背骨のように、一直線につらぬかれている。愛する人のためになら、どんなことでもする。そして愛する人が苦境にあるのなら、例え世界を敵にまわそうとその人に尽くす。

言葉にすれば陳腐だが、この映画で「ガス人間」は、何の躊躇もなく確信にあふれて、それを実行するのである。この断固たる姿勢があるから、そういう愛の姿に共感するとか、しないとかはもうどうでもよくなってくる。ただただ、ハラハラしながら見守るだけ、という観客として正しい態度を取ることを余儀なくされるのである。

日本映画の特徴と言った時、黒澤明小津安二郎といった名前が浮ぶ。彼らの代表作は、好みの問題はあってもやはり、日本映画を代表する、というにふさわしい特徴をもっているだろう。最近では、「ジャパニメーション」という言葉に象徴される映画もあるし、「寅さんシリーズ」なんかも日本映画の代表みたいな面をもっているだろう。

私は『ガス人間第一号』も、それらの映画に伍して、日本映画を代表しうる、と思う。全体をつらぬく背骨としてのストーリーをもち、それを際立たせるのに、日本の伝統芸能を巧みに使い、そして日本の映画人が培った「特撮」で仕上げる。それらが高い水準で融合されれば、まぎれもなく日本映画の一つのあり方、スタイルになりえることを示した映画ではないだろうか。

このまま歴史に埋もれさせるには、あまりにも惜しい、実に惜しい映画である。願わくば、この映画が切り開き、さししめした道をすすむ映画がつくられますように。切に、切に、願う。

(評価:★5)

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