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[コメント] 非常線の女(1933/日)

「和服の水久保澄子」と「洋装の田中絹代」というアンバランスに、限りない不安を覚えます。
TM大好き

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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この作品の価値は、水久保澄子の動く姿を見られる数少ない機会であることではないでしょうか。もし私生活のトラブルがなければ、戦後も日本の芸能界を牽引しただろう水久保ですが、結局は約5年で銀幕から姿を消しています。まずは、父親の金銭的思惑に振り回され、松竹から日活に移籍。そこで自殺未遂事件を起こして業界を干されます。その後は、フィリピン人青年との国際結婚に失敗。フィリピンから失意の帰国後は、神戸でダンサーとして働いているとの目撃情報を最後に、太平洋戦争が始まる頃には、ぷっつりと消息を絶っています(一部情報では、ダンサーとして上海に渡ったともされています)。ここら辺については『映画論叢』4号などを参考のこと。

しかし、この映画、最後は岡譲司水久保澄子をあきらめて田中絹代の元に戻っていくのですが、水久保のあまりの美しさに目を奪われた観客からしてみると、主人公のこの選択はあまりに不自然でしかありません。「和服の水久保とモダンな絹代」という演技設計上のアンバランスがこの作品をより美しいものにさせている、と蓮實重彦が述べていますが、興味深い指摘だと思います。30年代邦画における和服女と洋装女のシンボル的意味合いを考慮しても、このキャスティングは単純に不自然です。「有り得べきことを有り得るように描く」のが小津作品の特徴と言われていますが、様々な作品を振り返ると、実は様々な「不自然さ」が存在する点に気づかされます。そして、その「不自然さ」に不安を抱かざるを得ない点こそ、小津映画の醍醐味だと思うのです。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ペペロンチーノ[*] 寒山拾得[*]

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