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[コメント] Shall we ダンス?(1995/日)

生真面目さと滑稽さが、「小津的な構図主義」という名のステップを踏む。その整った画面設計と編集のリズムが、社交ダンスの美意識と調和する。僕らは観ることで一緒にステップを踏むのだ。そして、その規則性から外れてしまう登場人物が笑いを生む。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







周防監督は、小津安二郎論が有名な評論家・蓮實重彦の講義を大学で受けていた人で、デビュー作『変態家族 兄貴の嫁さん』では小津のパロディを行なっていたらしい。この作品もその小津に倣ったと思しき計算された演出が施されており、そのことが、日本人が慣れないステップを踏む緊張感とその快感を効果的に際立たせている。僕らがこれを観て、ちょっと社交ダンスもいいな、と体が疼いてしまうのは、この映画そのものがダンスのステップを踏んでいるからだ。これほど内容と形式が一致した作品も珍しい。尤も、お話の内容そのものは凡庸ではあるのだけど。

冒頭の、杉山さん(役所広司)の出勤シーンでは、杉山さんは一人で起きて一人で朝食をとり出勤する。彼の妻が娘に語って聞かせるには、杉山さん本人が、気を遣わないようにと妻に言っているのだそうだ。娘はそれを聞いて「のろけ?」と茶化し、妻は仕事に向かう車中で娘に、ローン返済の為に自分も仕事に出るようになって、却って生活に張りが出た、と楽しげに語る。その一方で杉山さんは電車の中で、揺れに傾いた他の乗客に読書を妨げられたりと、楽しくも充足してもなさそうな様子。この、優しくもすれ違い気味な夫婦関係をさり気なく簡潔に伝えるシーン作りにまず、職人技を感じる。

実際、映画の終盤で彼自身、舞先生に、「家を買い、自分はそのローン返済の為にこれからも働いていくんだな、と思った頃から、何か違和感を覚え始めた」、と告白している。この夫婦は、互いに相手に苦労をかけまいと気を遣いながらも、そのせいで却ってどこか、それぞれの世界に分かれて生きるような形をとってしまっている。それが、杉山さんがダンス教室の美人先生に心を奪われた、ほのかな浮気心がきっかけで、最終的には関係の修復に向かうというのが、とりあえずはこの映画の大きな流れと言えそうだ。

編集の淡々とした間や、優雅に流れるカメラワークなど、映像そのものがドラマに合わせて丁寧にステップを踏んでいるのが心地好い。その整然とした雰囲気を適当に崩す、竹中直人渡辺えり子徳井優。彼らがいなければ、娯楽作品としては少し固くなりすぎてしまっただろう。適度に肩の力を抜いてリラックスするのもまた、ダンスのコツ。竹中の、首から上と首から下が別々に動いているような動作は、この映画の整ったリズムを当の映画内でパロディ化して見せているかのよう。一方、渡辺えり子は丸っこい体をダイナミックに揺らして、作品の空気を撹拌する。

竹中の誇張されたダンスは、そういうキャラなのだという約束事として受け入れて観ていたので、彼が若い女性パートナーに、「普段はそうでもないんですけど、正直、青木さんのダンスは、気持ち悪いんです」と逃げられるシーンは、何だか哀れというか、可笑しくて仕方なかった。

草刈民代のやや固い演技はこの映画のテイストの中では違和感がない。彼女は秩序ある所作という理想の化身のような存在として現れるのであるし、その理想にとらわれすぎて自縄自縛気味になっているという役どころでもあるので、その生硬な演技が却って役に適合している。

多少、説明的にすぎるような台詞も、それを役者が正確に演じようとするさまが、正確にステップを踏もうと努力する登場人物たちと重なって見え、擬小津的な様式美にも厭味や欠陥を感じずに済んだ。

ただ、杉山さんの社交ダンス通いが妻子にばれた後、妻が、毎週帰りが遅い彼の浮気を疑ったことを詫びて、「私にもダンス教えて」と言うのを杉山さんが「俺はもう辞めたんだッ」と叱った時、娘が「どうして踊ってあげないの。お父さんのダンス、素敵だった。踊って」と頼むシーンでは、この娘役の台詞回しがあまりに棒読みで、その姿もまたどこか棒立ち気味なせいで、彼女の存在は単に、杉山さんと妻を和解させるデウス・エクス・マキナでしかないように見えてしまう。この無機質さはさすがに「気持ち悪い」。

冒頭で述べたように、この映画のリズムそのものは、気持ち悪い所などなく心地好い。加えて、日本人が社交ダンスに対して抱いている羞恥心と憧れをきちんと描き、最終的には純粋なダンスの快感へと昇華させる。日本の社交ダンス関係の団体は、周防監督を表彰すべきだろう。

この内容なら普通は尺も三〇分ほど短いように思うが、たま子先生が生徒にステップを一つ一つ、ダンスの種類を一つ一つ、丁寧に説明するシーンや、最後に杉山さんが、舞先生のお別れダンスパーティにやってくるまでの気の持たせようなど、日常の中に流れる時間を大切に拾い上げていく演出には好感をもった。そのゆったりとした時間の流れに、大貫妙子の、にこ毛のように空気を包みこむ、ふわふわとして軽やかな歌声もマッチしている。とはいえ、エンドロールは少々冗長に感じられた。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)緑雨[*] Myurakz けにろん[*]

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