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[コメント] 宇宙戦争(2005/米)

所詮、人間はムシケラなのだ。だが、全ての生命は所詮、ムシケラなのではないか?
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







宇宙人や、彼らが搭乗する兵器のデザインの既視感の強さが不満。もっと大胆な、例えば『新世紀エヴァンゲリオン』の使徒の如く、生物か無生物かも判然としない、「宇宙人」という記号に収まってしまわない、取り敢えず「他者」としか認識できない形状であれば面白かったのではないかと。

だが、連中が圧倒的な力でもって人間を、蚊かハエか何かのようにアッサリと抹殺していく様子は素晴らしく、ちょっと他の映画ではなかなか味わえない種類の恐怖感を堪能させてくれる。そして、そんな宇宙人の威力を前にした人間どもの、自分達だけは助かりたいという、原初的な欲望に駆り立てられて狂乱する姿は、それ自体がまた、虫ケラ同然の人間の在り方というものを感じさせてくれ、感慨深い。トム・クルーズが必死に逃げる時の引きつった顔は迫真の演技でありまた、彼の表情が見える事即ち恐怖の対象が観客の方に向かって迫って来るという、僕ら自身の逃げ場の無さ。そして終始一貫、家族と共に生き延びる事だけを追い求める小市民ぶりが良い。映画の主人公が、虫ケラのような群衆の一人でしかなく、正義や人類救済には全く興味が無い事は、ハリウッド映画としては目新しく思え、何か清々しく思えるほど。

惜しむらくは、上記のようなポイントをしっかり押さえたまま、通常のスリラー、ホラー、サスペンスのお約束に従って、徐々に恐怖感が高まっていく形でキチンと仕上げてくれていたら、と。後半は、人間ドラマが冗長。言わば、前戯では盛り上がっていたのに、途中でいきなり愛だとか人生だとかについて語り出され、「いや、そういうのは、後で良いから…」と思いつつも我慢していたら「え、終わっちゃったの?」といった感触の映画。人間ドラマはやってくれても構わないが、それは恐怖シーンをたっぷり味わわせてくれた上で、「人間はこうした極度の恐怖にさらされると、こんな本性を露わに…」という流れの方が説得力がある筈。更にまた、そうした説得力さえ持たせられたなら、人間ドラマはもう少し短く済ませても問題無かっただろう。折角の、いちばん美味しい所を出し惜しみしたせいで、全体的に食い足りない格好になってしまっている。

ただ、音響設備の整った映画館に観に行ったのも幸いしてか、音響効果が抜群の成果を上げているのには感心させられた。コンクリートの地面が割れて盛り上がってくる場面や、宇宙人の兵器の駆動音、自動車が吹っ飛んで落下してくる音など、とにかく巨大で硬くて重い物が蠢き衝突する恐怖を存分に感じさせてくれた。実際に大地震に遭った時の恐怖に近いものを覚えたくらいだ。映像だけではあの恐怖感は出せなかった筈。或いは逆に、音声だけヘッドホンで聴いてみても、映画の恐怖はかなりの程度再現できるのかも知れない。

それと、子供っぽくないダコタちゃんの演技は賛否あるようですが、僕はああいう、普段はお利口で大人びた女の子が、不安に襲われてオロオロしてる様子というのは、まぁ、ツンデレ的萌えの感情と言いますか、割と好きであると率直に申し上げたい。兄役の少年も、戦争に関するレポートの宿題をほっぽりだして寝っ転がっているような、ダレきった無気力少年から、責任感のある男に成長していく様子を、良い意味で青臭く演じていて、好印象。

ありふれた日常に突然襲いかかる異常な恐怖をリアルに描き、傑作になし得る演出力を示しつつも、全体的なバランスを間違えてしまった、返す返すも残念な作品。ナレーションの場面は何だか、NHKで時々放送している海外のサイエンス・ドキュメンタリーのようで、もう少し何とかならなかったのか。恐らく、昔のSF映画のテイストを意識した演出なのだろう、とは思うのだが(53年版『宇宙戦争』は未見)。

多分、この映画から抽出できるテーマは、二つ。家族愛、「愛する人を守りたい」という気持ちが純粋な形で表れた時、逆説的にも人間性の否定のような行為へと導かれる事もある――、というのともう一つ、たとえインベーダーが人類誕生よりも以前から侵略計画を立てていたとしても、地球そのものはそれよりも遥かに長い年月を通じて発展してきたのだ、という事(バクテリアによって、いともあっけなく宇宙人が壊滅してしまう件)。この後者のテーマがまた海外サイエンス・ドキュメンタリー風で説教じみてはいるのだが、ともかく、二つのテーマを併せて考えれば、「人間て小せぇな」という感。そして人類もまた、地球に刺さったトゲになりかねない訳だ。そもそも宇宙人達も、生きる為に必要だから侵略してきたようにも見え、実は本質的には似た者同士ではないのか。人間をムシケラのように殺していった宇宙人が、人間にとってもムシケラ以下でしかないバクテリアに殺されるという皮肉。

スティーヴン・スピルバーグの映画としては、青年時代の『未知との遭遇』とのギャップについて考えさせられるものがあるが、その点については『未知との遭遇』の方に寄せたコメントに譲りたい。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)sawa:38[*] ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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