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[コメント] その土曜日、7時58分(2007/米=英)

異なる視点、時系列を交錯させた構成は、ミステリーとして旨みを出す為ではなく、男たちの陰鬱さが互いに重なり合うことで悲惨さが少しずつ上乗せされていく効果が狙われていたのだろう。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







邦題の時刻にそれほど焦点が合わされた内容ではなく、「悪魔にお前の死が知られるまえに」という原題の方が的確だ。

弟・ハンク(イーサン・ホーク)が元妻に、娘の養育費の払いが滞っていることを詰られるシーンで、「学費だけで幾らになると思ってんだ」と反論するハンクに元妻は、「貴方が通わせたんでしょう」と切り返す。また、娘の芝居を観に行ったハンクは、その後、娘から、『ライオン・キング』のピクニックなるものに行きたいとせがまれると、傍にいて話していた、よその家の母親(美人)とチラリと視線を交わすと、よし分かったと了解してしまう。その直前、娘に「幾らかかるんだ?」と訊いていたハンクだが、むしろ、かかる金を美人の前で娘の口から聞かされたが故に、ダメだと言い難くなった格好に見える。つまり彼は、負け犬でありながらも見栄を張りたがる男なのだ。

そのハンクに対して格好をつけているのは、兄のアンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)。弟の前で、堂々とした態度で強盗の計画を持ちかけるが、要は自分で押し入る度胸が無いから、弟に押し付けているようにも見える。そうして、ハンクもまた自分で押し入る自信が無かったせいで助っ人・ボビー(ブライアン・F・オバーン)を呼び、「面が割れているから」と付け髭サングラスで変装した姿を笑われる。だがボビーにしても、いざ宝石店に押し入ると、老婆相手に焦った様子を見せ、挙句、老婆の反撃を受けて死んでしまうのだ。

このボビーの妻・マーサ(エイミー・ライアン)の兄・デックス(マイケル・シャノン)も、アンディとハンクを脅迫しながらも、呆気なく射殺されてしまう。タフガイを気どる男たち、男としての自信を示そうとする男たちは皆、いざとなれば情けない醜態を晒すことになる。デックスを射殺したアンディも、自分を撃つなら撃てと言う弟の前で逡巡していた隙に、マーサによって撃たれてしまう。このシーンでマーサは、隙を窺いながら、ピザの箱の中に隠れた拳銃をチラチラと見ているが、このカット割りは、宝石店強盗シーンでの、ナネット(ローズマリー・ハリス)が引き出しの中の拳銃に視線を送る場面を想起させる。

この、シーン間の類似性という点では、宝石店で金目の物を袋に詰め込むボビーの様子と、麻薬ディーラーの部屋を強盗した際のアンディの慌てようも酷似している。また、この後者のシーンで、クッションを銃にあてて消音して撃っていたアンディが、最後は父によってクッションを押し付けられて窒息死させられるという反復性。

当初は一方的な被害者と思えた父・チャールズ(アルバート・フィニー)、免許の更新テストに一喜一憂するような善良なる一市民風のこの老人が、徐々に「この親にしてこの子らあり」といった存在に変化してき、と同時に物語そのものに、一個の主体として参与していく様には見応えがあるのだが、最後までどこか不完全燃焼の感もある。とは言えやはり、最後に息子を枕の下に沈めるシーンでの、暗く歪んだ形相は凄まじい。

チャールズが、息子・アンデイの所業を知って、拳銃を持って追跡するシーンでは、結局、自分ではない誰か(=マーサ)に撃たれて運ばれるアンディの姿を目にする結果になる。ここでパトカーが到着した際、チャールズは、車を動かそうとして前後をパトカーに挟まれてしまい、あたかも彼が警察に包囲されたかのような格好になるのだが、パトカーから発せられる「車をどけてください」という声。完全に蚊帳の外に置かれているチャールズ。このシーンで、チャールズの車の後部ライトが破損しているのを捉えたカットが入るが、これは、強盗事件の捜査に熱心でない警察に業を煮やしたチャールズが、警察署前でパトカーにぶつけた跡。チャールズもまた、不能の男の一人なのだ。

屋外のシーンでの、光に白く照らし出された街の光景は、その画面の乾いた質感が鮮烈だ。だが、ラスト・カットの、アンディを殺して去るチャールズの姿が、徐々に強さを増す光の中に消えていくという演出は、「悪魔に知られる前に」天国に息子を送ったのかもしれないチャールズの立場を露骨に示しているようで、一個のショットとしての工夫に欠けた安易な決着にも見えてしまう。

一方、印象的なのは、アンディとハンクの、妻との距離感をワンカットで示したショット。養育費のことで元妻と揉めたハンクが去る場面で、ハンクが消えるエレベーターの扉と、妻が閉める部屋の扉とが、左右に分かれながらも同時に閉まる。また、アンディの妻が出て行くシーンでは、画面の左から出て行く妻と、画面右の入り口へ消えていくアンディが同時に捉えられたカットがある。こうした細部の積み重ねが全篇にちりばめられた作品だ。惜しむらくは、脚本があまりに単調なせいで、ドラマとして積み重ねられるものに乏しい点だろう。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)Orpheus CRIMSON

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