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[コメント] ミラーズ(2008/米)

廃墟化した百貨店の荘厳な造形は素晴らしいのだが、鏡像を使ったアイデアには殆ど新鮮さがない。主人公が家族のために必死になるたびに、却って観客に違和感を与えてしまう脚本・演出のせいで感情移入が阻害され、結果、恐怖感も目減りする。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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無人化した百貨店は、煤に汚れた巨大な外観もインパクトがある。内側の闇や、焼死体を思わせるマネキンたちの佇まいも良い。一点の瑕もない巨大な鏡もまた、世界そのものを呑み込もうとするような存在感が圧倒的。視覚的な世界観をしっかりと構築している。映画そのものも、これらの見事な美術に相応しい内容であればと、実に惜しい。

エシカーが受けていた、無数の鏡像と向かい合うという精神治療は、鏡の心理的な意味合いについて医者に幾らか理論を語らせてみるくらいのケレンミが脚本家にあれば良かったのだが。第一、数々の恐怖と惨劇の元凶を「悪魔」にしてしまったのには呆れる。「鏡」が恐ろしいのは自分自身、乃至は現実と向き合うからであり、鏡はそこに映る存在とピタリと一致している、という前提がずらされるのが、この映画の恐怖演出の基本でもある。そこに、どこから湧いてきたのかも知れない悪魔を持ってくるなどというのは、あまりに稚拙。

ラストの、助かったと思っていたベンが実は鏡像の世界に閉じ込められていた、という結末は、想定内のものでしかない。反転した文字の異常さや、ベンの手の傷が反対側に移っている身体的変容など、「鏡」という設定を活かした視覚的なインパクトは一応は用意されているが、この程度で驚いてくれというのは甘い。むしろこの鏡像世界は中盤辺りで早々に出してしまい、ベンが元の世界に戻ろうとしたり、家族と交信しようとする努力を描いた方が、よほど面白かっただろう。左右が逆転している不慣れな世界に対応する為、元の世界では避けていた当の「鏡」をベンが利用しなければならなくなるとか、鏡越しに見える元の世界に、もう一人の自分が存在してしまっていて、今度はベン自身が鏡像世界の分身という立場から、もう一人の自分や家族を脅かす存在になってしまうとか、色々考えられると思うのだが。

気に食わないのは、ホラー映画でありがちなこととはいえ、百貨店の大火災に巻き込まれて死んでいった人々が、巨大な鏡に残る手形だとか、鏡に映る焼け爛れた姿の恐ろしさだとか、無人のはずの百貨店に響き渡る悲鳴だとか、単なる恐怖要素として利用された後には完全にプロットの外に置かれてしまうこと。また、少女期に悪魔にとり憑かれて悲惨な時期を過ごした末、社会から隔離されたような場所で余生を過ごさざるを得なかったエシカーが、ベンに拳銃で脅された末に犠牲になってしまうという最期。銃で無理やり拉致られる前は協力を拒絶していたエシカーが、「貴方の家族のためだわ」と素直に鏡の部屋で椅子に縛られるのも解せない。修道女=キリスト的自己犠牲、という単純な公式によって、細かいことは無視してしまう粗雑さ。やはり稚拙だ。

(評価:★2)

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