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[コメント] 不完全なふたり(2005/仏=日)

「空間的深度は、必然的とは言えないまでも一つの可能性として、曖昧さを招き入れる」(アンドレ・バザン)。フィックス、パンフォーカス、長回しによって描かれる、男女の距離の曖昧さ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







固定ショットによる長回しを基本にした演出によって、登場人物間に流れる時間の推移がそのままフィルムに焼きつけられている。また、会話する二人の間に部屋を区切る壁を配する構図によって、心理的な距離を表わす。閉じられたドアの向こうからマリーの声だけが聞こえる、という、静止した光景を作ることによって、静謐さの内に緊張感を湛えたシーン作りを行なっている。

他にもこうした、無人の部屋だけが残されたショットが、劇中に幾つか挿入されている。更には、照明を抑えることによって、部屋に居る人物の表情が読みとれない場面も頻出する。構図が的確に設計されたショットの中で、人物は影絵のように見え、その息づかいや、身体のフォルムが描く全身の表情が、より明瞭に印象づけられる。

フルショットが大半を占める中、時折挿入される、マリーのクローズアップ。この時には画面の大部分を彼女の顔が埋め、周りの情景は画面の端に、切れ端のように垣間見えている。無言の彼女。フレームの外の、他の登場人物たちが歓談する声。この時、クローズアップは、マリーに接近している、というよりは、マリーと周囲との隔絶された距離感に焦点を合わせている、と言うべきだろう。

或る部分をシャットアウト、或いは曖昧にすることによって、他の部分を明瞭化するという手法。逆に、終始、パンフォーカスによって画面内の全てのものにフォーカスが合わされていることによって、それらの間の関係は、曖昧で不安定なものとして映る。典型的なのは、やはりマリーとニコラが部屋で会話をする場面。彼らは、部屋を歩き回ってフレーム外の物音や声だけで存在を伝えたり、いったん出て行こうとしてまた戻って来たりと、微妙に距離を計り合っている。カメラのフォーカスは、或る距離の被写体にだけ合わされることがないので、二人の距離もどこにも固定されず、いつどのように変化するかも予想できないのだ。

どちらかと言うと受動的な態度を示すニコラと、絶えず何か話そうとしている場面の多いマリー。彼女はニコラを言葉からなかなか解放しない。その嘲笑的で攻撃的な笑い声や、責める言葉のみならず、謝罪や、甘えるような言葉も、ニコラに終始まとわりついてくる。そんなマリーが一人でロダン美術館を回るシーンでは、学芸員らしき女性が、詩人のリルケがロダンを讃えた言葉を紹介している。その中にある、妊娠、というの言葉は、マリーの女友達らの台詞の中にも散見されていたもの。マリーとニコラとの間には、子供はいないようだ。ショットの中に配された、重なり合う手の彫刻が、マリーの孤独を際立たせる。

言葉でニコラを責め立てていたマリーも、彫刻の沈黙の内で何か浄化されたような表情を見せるのだが、部屋に戻って、友人の結婚式に向かう準備を急いでいる中、展覧会のパンフレットを朗読し、夫にリルケの言葉を聞かせようとして、却って彼を苛立たせる。こうした所に、この作品に於ける場面展開の妙がある。

再び訪ねたロダン美術館で、子連れの友人と偶然に再会するマリー。子供がお絵かきをする微笑ましい光景。だが彼が妻を亡くしていたと聞いて、ショックで涙するマリー。この、愛する人を喪った人を目の当たりにした時、例えその人に子が残されていようとも、強い衝撃を受けてしまった、という事実。このシーンは、最後にマリーがニコラともう一度向かい合うことの伏線になり得ている。

終盤、初めてニコラを手持ちカメラによるクローズアップで捉えたショットが入る。それまではどちらかと言えばマリー寄りだった演出が、ここでニコラの孤独にも焦点を合わせる。その後、彼とマリーが部屋で話す場面での、これも初めてである切り返しショット。二人が共に孤独な人間としての存在を顕わにされたことで、初めて互いに向かい合うことになるのだ。簡潔なショットとカット割りだけで最大限の効果を上げる、見事な演出だと言える。

時折、台詞に割り込んでくるピアノの音は、弦の振動がじかに伝わって来るような音量で、虚しく続く言葉を断ちきるように介入してくるが、この音楽そのものも、ショットの切り替えによって切断される。こうした、シンプルではあるが繊細で、かつ力を持った音の使い方にも、耳が惹かれた。

(評価:★3)

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