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[コメント] ミニヴァー夫人(1942/米)

バラは全ての人にとって美しく、状況は総力戦であるという事。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







防空壕の中に身を潜めるミニヴァー一家は、外の凄まじい爆音を無視するように、コーヒーを飲み、日常会話を続ける。穴倉の中で、『不思議の国のアリス』、アリスが穴に落ちる物語を、「僕が初めて読んだ本だ」「あら、私もよ」と語り合う夫婦。その傍らには、幼い二人の子供達。すぐ傍に死の恐怖が迫る中、普段と変わりない暮らしを続ける事自体が、一つの闘いなのだ。

ラストシーンでの教会の説教にあるように、これは「全ての人々の戦い」だという訳だ。この作品で描かれる戦争の悲惨は、血腥い描写によってよりも、美しさや優しさとの対比によって、間接的かつ効果的に描かれている。

ミニヴァー夫人が自宅にさ迷い込んだドイツ兵の為に、緊急電話で警察を呼ぶついでに医者を頼んだ際にはすぐにやって来たというのに、息子の妻となったキャロルが銃弾を受けた際には、緊急だと告げて救急車を呼んでも、ケガ人が他にも多いせいでまともに取り合ってもらえず、結果、キャロルは、一杯の水さえ飲む暇もなく、死ぬ。しかも、あのドイツ兵が連行される際に告げていた通りの、ドイツ軍の爆撃のせいで亡くなるのだ。

爆撃の直前に開かれていた花の品評会では、キャロルの祖母であるベルドン夫人は、その偏狭な特権意識を自ら捨てて、駅長バラードの手による「ミセス・ミニヴァー」を、自分のバラより美しいと認めて、一位にする。ミニヴァー夫人は、キャロルに対し、「ミセス・ミニヴァーは貴女よ」と言葉をかける。若い二人の結婚と、バラの品評会の結果は、共に、階級の違い、支配・被支配の関係の解消だ。

この事は、最初の空襲警報の際にベラドン夫人が、最初、身分違いの者から指図されたくないと言って抵抗していた事と表裏をなしている。国全体を覆う戦争は、国民が階級に関りなく一丸となる事を求める。その触媒となるのが、本来戦争と何の関りもない筈の、バラの美しさなのだ。

そうした訳で、この映画が作られた時代背景も併せて観れば、やはり戦意高揚映画という印象が強い。特に、最後の「THE END」の下に書かれた「AMERICA NEEDS YOUR MONEY BUY DEFENSE BONDS AND STAMPS EVERY PAY DAY」という国防債購入を促すメッセージは、本編の全てはこの一言の為にあったのかと、今となってはやや萎えさせられる面も無くはない。

だが、そうは言っても、ドイツ兵と接触する直前にミニヴァー夫人の眼前に輝いていた水面の美しさや、ミニヴァー氏らが深夜に招集され、闇の中を夥しいポートが行く光景、ミニヴァー夫人がキャロルと一緒に、敵戦闘機を警戒しつつ車を徐行運転している時のトロトロというエンジン音、キャロルの遺体が置かれている部屋が、その部屋から洩れる明かりがドアの形で壁面に映る描写だけで暗示されている場面など、意外に何げない所が記憶に残る映画でもある。

特に、品評会で「ミセス・ミニヴァー」の優勝が告げられた際の、腰が抜けたような駅長の驚きの様子や、ベルドン夫人が演説後、恐らく初めて、人々から万雷の拍手を受け、目を潤ませる表情などは、ささやかながらも幸福な無血革命とも呼べる、感動的な場面だった。

(評価:★3)

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