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[コメント] 終着駅 トルストイ最後の旅(2009/独=露)

あちらでは、クシャミをした拍子にその人の魂が抜けてしまわぬよう「God bless you(お大事に/神の祝福を)」と声をかける慣わしがあるらしい。ワレンチンが「緊張すると出てしまう」クシャミは彼が、トルストイの教義と齟齬をきたす場面で出ることが多い。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







世間からは夫トルストイとの確執について騒ぎ立てられているらしい妻ソフィア。トルストイが死に瀕している時でさえ、彼の人生の「終着駅」の周りに群がる記者たちは、まるでキャンプ気分でもいるように、テントで笑い声を立てている。そればかりか、トルストイがいよいよ臨終を迎えようとする時に至ってようやく夫の傍らに寄り添うことが許されたソフィアに対し、一人の記者は「危篤ですか?それとももう、ご臨終に?」。だが、最後の最後に群集がトルストイの死を静かに悼むシーンでは、汽車で去っていくソフィアに対しても、彼女を気遣う声がかかる。そしてラストカットの一声、「トルストイ氏に神の祝福を!(God bless you!)」。それは、トルストイが心にかけていた民衆からの声なのだ。

この映画は、登場人物間の葛藤や諍いの元であるトルストイの思想について特に追求せず、ただ彼らの人間としての振る舞いを描写することに終始している。私有財産制の是非や、崇高だが抽象的でもある人類への義務と、目の前にいて夫や父としてトルストイを求める家族への責任との葛藤、かつて味わった情事を懐かしく回想するトルストイの教えが、ワレンチンのような童貞にそれを味わうことへの罪悪感を植えつけたこと(その割にはあっさりとマーシャの誘いに乗っていたが)、トルストイの教えを彼以上に厳格に守るチェルトコフが男色家であるらしいこと(つまり男女間の情欲への敵意は彼自身の克己とは関係が無く、マーシャと寝たワレンチンの部屋をノックして「トルストイが呼んでいる」と告げる男はチェルトコフの腰巾着≒恋人?であること)、等々については投げ出しっぱなしになってはいる。だが、小難しい議論は置いておいて、最終的には「愛」という雰囲気で何となく全てを肯定してしまう大雑把さが、不誠実さや無責任というよりは、トルストイの教えの核(彼曰く「全ての宗教の本質」)である「愛」によって全てを包み込む大らかさが感じられ、決して嫌な感じはしないのだ。

(評価:★3)

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