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[コメント] 最後の忠臣蔵(2010/日)

丁寧に撮られているということと、繊細さや緻密さとはまた別。忠臣蔵の物語を何の疑問もなく肯定する俗情と結託しているというか、この映画一本で全ての情に必然性をもたらすような自立性が欠けている。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







嫁入りの行列に赤穂の人々が次々と集合してくるシーンでは、駆け寄ってくる彼らに対して吉右衛門(佐藤浩市)らが警戒し身構えることで、いつなんどき命を狙われるかもしれない彼らの立場が感じられて丁寧な演出。吉良側からすれば、赤穂の人間こそ敵討ちの対象だろう。赤穂の集合するシーンは、駆け寄り、名乗り出るやりとりをいちいちきちんと見せていくが、ここはディゾルブを用いるなどして省略してもよさそうなところだ。それをしない愚直さがこの映画らしさなのだが、そうした、美点と言える素朴さゆえに、色々と気になる面もある。

吉良上野介(福本清三)が斬られたことで苦しみ哀しんだ人々もいたはずなのだが、その辺はきれいに無視され、赤穂四十七士はただのテロリストでないのか否かという疑問を挿む余地もない。討ち入りを物見高く囃し立て、討ち入らなかった者たちを批難した世間の無責任さや冷たさはどうなるのか。生き残った者のほうが背負うものは大きかったという台詞があるが、この映画自体、忠臣蔵の物語を無条件で肯定することを前提としており、その意味では劇中で語られる世間と大して変わらない。またこの世間の態度は台詞として語られるだけで、具体的なシーンとして見えてくるものがないので、こちらの身に迫らない。

桜庭ななみ安田成美の京言葉はイントネーションに所々難があるが、たおやかな言葉遣いの中に情を込めるというハードルは完全にクリアしている。特に、安田のしっとりとした色気。元は色町の女だったことを、孫左(役所広司)に商売相手を紹介するために明らかにした後、二人だけのシーンでさりげなく恥らってみせる台詞などが艶っぽい。だが、その品位ある色香は最後、孫左の自害を引きとめようとして、二人のための褥の用意してある室を見せるシーンの慎みのなさで壊れてしまう。侍の矜持としての死に向かおうとする孫左に対し、色町の女は色町の女としての武器で立ち向かう、という覚悟の表れとしての演出だとは思うが、布団を見せてしまうのはあからさまに過ぎる。ここはゆう(安田)が控えめに「褥を用意してございます」と小さく呟くなどでその覚悟を見せたほうが良かったはず。

茶屋四郎次郎(笈田ヨシ)の、人がよさそうでいて、商売人らしい明け透けな態度や、好色そうな様子など、可音(桜庭)の嫁ぎ先として孫左が悩みそうな人物を配したのは巧い。可音の、孫左に対する、やや『晩春』的とも言えなくもない半ば近親相姦的な愛情のあや。婚姻の当日に「抱いてほしい」と孫左に求める可音の台詞は「幼き日のように」という言葉が添えられることでその危険な香りを脱するが、この言い添えた台詞もまた可音が本心を包み隠そうとしてのものではないかとも思え、陰影がある。尤も、このシーンに至るまでの可音の態度は、幼い恋心を我侭に孫左にぶつけているだけの面倒臭さを感じさせる面もある。孫左は、死を前にして、可音が幼い頃からの彼女との日々を回想するが、これは先に持ってくるべきであり、そのことによって、擬似親子としての二人の関係性と、可音が成長するにつれて、二人だけで生きてきた関係が恋のようなものに変じる必然を見せるべきだった。

また、「大逆人の子」としての可音の立場は、孫左が親友に斬りかかってまで必死に隠し通そうとするほどの立場なのかどうか、まるで見えてこない。茶屋にその事情を明かすときも、茶屋が完全に信用できる人物だと見極めてだという覚悟が感じられない。むしろ、「赤穂の志士は偉い。武士の鑑」という町人的な分かりやすさであっさり受け入れるので、別に可音の身の上を必死に隠す切羽詰った状況なんかなかったんじゃないのかと、疑問に思えてくる。

主命によって、生き延びることを強いられた孫左の苦悩もまるで描かれていないので、最後の自害も無責任な印象さえ受ける。あれだけ嫁に行くことを拒み、彼と一緒にいることを望んでいた可音は、自分が嫁いだことで孫左が死んだと知ったら半狂乱になりかねないし、このことを一生引きずって生きていくのかと思うと不憫。観客が素直に映画を肯定してくれることをアテにした雑な態度が目につく。結局、昔の時代劇の感覚を現代にそのまま持ち込んでしまった、古いタイプの映画と言うしかない。時折挿まれる、風にざわめく樹々の葉のカット。こうした紋切り型で何となく叙情を加えたつもりでいるような安直さは好かない。

(評価:★3)

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