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[コメント] アジアの純真(2009/日)

どうせこの監督は本当にはこの手の問題に関心は無いのだろうし、刺激的かつ象徴的な事柄を映画に盛り込めば過激で挑発的かつ「マニアック」な映画が出来るぞヤッタ!という程度の動機でこんなものを作ったに相違ない。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







別に、拉致被害者家族が制裁を訴える会場で皆殺しを決行するシーンがあるという、その一件で「非人道的」「不謹慎」「反日的」だとか言って批難する気にはならないし、これを行なった少女自身が悦に入っているわけでも何でもなくむしろ自分の感情のやり場に更に迷う状況に自らを追い込んでしまったことくらいは見てとれないと、映画について何を論じる資格も無いだろう。逃げ出した少女が歩道橋の上で「最ッ低…」と呟く台詞は、会場に集っていた人々に向けてなのか自分に向けてなのか世の中全てに向けてなのか彼女自身にも分からぬことは、その泣き顔と、傍に近づく少年を幾度も拒む行為から察せられる。

とはいえ、殺される側の拉致被害者家族の男性(苫米地英人かと思った)があまりに戯画的で、殺され要員として登場したに過ぎないことは明らかであり、殺される直前に唐突に、壇上で左目が取れてしまうのも、「右」の見方しか出来ないことの暗喩なのだろうかと、バカバカしく見守るしかなかった。それに、ワーとかギャーとかいう悲鳴は聞こえても、毒ガスに悶え苦しむ人々の姿を写していないのも、どうにも逃げとしか映じない。終盤でいきなり、少年と少女の乗った小舟を浮かべる海がビニールで表現されていたり、唐突に所と状況がワープしてパレスチナ闘争に突入したり、原爆入手でチェンジ・ザ・ワールドだヤッホイ状態になったりと、全篇通して現実の生々しさから逃げ回りつつ映画としては「過激ですよ」というポーズに現実を戯画化し仮構して利用しているだけという印象。ダメだこんなの。

ラストの、荒くれた“アジアの純真”の歌声に乗せて世界中にミサイルが飛び交い地図がキノコ雲をニョキニョキと生やしまくる画の野蛮さと、意図されたであろう不快さは一応は買ってやるが、カラオケボックスでのやけっぱちな“アジアの純真”歌唱シーンは、カメラ=観客に挑みかかるようなショットも含め、そこに至るまでの心情表現がまだまだ弱すぎて、買えない。“アジアの純真”歌唱シーンのやけっぱち度では『ノーボーイズ、ノークライ』の勝ち。普段から日本で朝鮮人がどういう空気を吸って生きているのか、そこを少女を通して描きなさいと言いたい。それでこそ、チマチョゴリを着ていたというだけで酷い扱いを受ける少女のような存在を見て見ぬ振りをする世の中へ無差別にガスを撒く行為のやむにやまれぬ心情も、その是非はともかくとして、観客に訴えた筈。

毒ガス少女の姉が、不良に絡まれている見ず知らずの少年を「映画始まっちゃうよ!」とガールフレンドを装って救出するシーンはまぁいいとしても、「どうすれば世界が変えられるかって、考えたことある?」だの何だのと「この映画の伝えたいこと」じみた台詞を延々と語るのは直截すぎて好きになれない。自分が口をつけたペットボトルを少年に差し出して、躊躇する彼を見てハンカチで飲み口を拭くといった繊細さと、妹である毒ガス少女がペットボトルを取り出して一人で飲んで少年のことは見向きもしないという対照性の描き方はちょっと好きだが。これらのシーンが電車内なのも含め、全篇に渡って電車がよく登場するのは、地下鉄サリン事件を連想させようという意図なのだろう。

モノクロの映像美は認めるが、これも生々しさからの逃げという印象が拭えない。毒ガス源の液体を入れたガラス瓶が袋の中でカタカタと鳴るスリルは、もっと演出的に巧く活かせた筈なのだが、そうした演出への野心が窺えないのもつまらない。

全体的にあまりに幼稚。これでは、上映拒否されても、つまんない映画だから拒絶されているだけなんじゃないかと言われる余地が生じてしまい、闘争に失敗していると言わざるを得ない。そもそも闘争などということを本気で考えている映画とも思えないが。それと、やはり拉致被害者家族に毒ガステロってのは無茶だろう。現実に存在する人に向かって「毒ガスで死んじゃいなさい」と言っているようなものであり(もちろん厳密に言えばそう単純な話ではないのだけど)、そういう無茶に表現としての必然性を与える説得力などこの映画には無い。ただそこは、観た人から「このひとでなし!」と叩かれればいいのであって、公開が完全封鎖されなかったのは、取り敢えずは幸いだったと言ってやってもいい。

若松孝二監督を映画内に引っ張ってくるのも、ゴダールぶってるみたいに見えて、何だかなぁ。

(評価:★2)

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