ゴッサムの橋が爆破されて孤島と化したり、ビルが林立する都市が戦場化するなど、いつか観た押井守が展開するのには驚いた。交通機関を遮断してゴッサム孤立化の恐怖を煽るというのは、前作『ダークナイト』で既にジョーカーがやってましたけどね。ついでに言えば、今回の台詞にあった「希望こそが絶望を生じさせる」というテーマも、ゴッサムから脱出する為に残された手段が却って人々を疑念と敵意に誘うという形で、これまたジョーカーがやってしまっていたとも言える。

上からの命令を遵守する警官によって、眼前で橋を爆破されてしまったロビン（という本名は最後に明かされるわけだが、途中で分かるよ。むしろマスクとスーツを着けなかったのが意外）は、連れて来た子供らをスクールバスに乗せる。牧師から、逃げ道は無いのに、と口を挿まれると、希望を示すことが必要なんですと反論する。これは、「正体は気にしていなかった」と言うゴードンにバットマンが答えて言う「ヒーローには誰でもなり得る。少年に上着を被せて、心配無いという声をかける男のように」を予め反復している。また、この上着を被せて云々の男は、両親を殺された少年ブルースを励まそうとしたゴードン自身のことでもあり、故に「正体は気にしていなかった」ゴードンは却ってバットマンの正体を知ることになるのだが、バットマン＝ブルースの勇気の原点をロビンが継承するという形で、後継者としての正当性をも確保する。そのロビン自身も、橋のシーンに先立って、例のスクールバスに乗った子らに、「爆破が迫っていると皆に告げて回ってくれ」という形で希望を託してもいた。スクールバスは、『ダークナイト』ではジョーカーによって、銀行強盗後の逃走時にカムフラージュとして使われていた（このスクールバスから『ダーティハリー』に連想が働き、バットマンとジョーカーの関係がハリーとスコルピオのそれと重なる）。子供たちの生活と安全の象徴と言えるスクールバスを、ジョーカーの手から奪還したのがこの『ダークナイト ライジング』。

バットマンのシンボルを夜空に浮き上がらせるサーチライトは、『ビギンズ』では登場という形でラストを飾り、『ダークナイト』では無惨に破壊され、今回は、破壊からの再生という形で再びラストを飾る。また、三作に共通するテーマである「恐怖」は、『ビギンズ』では、洞窟の闇とコウモリから受けた少年期のトラウマが、犯罪者に自ら与える恐怖という形で「バットマン」の姿形と精神性を確立し、『ダークナイト』では、恐怖を感じず他者にそれを一方的に与えるジョーカーという存在がバットマンのアイデンティティを揺るがす。今回は、生きようとする希望の裏面としての恐怖、奈落の闇から頭上の光へと跳躍する力を与えるものとして肯定されている。こうしたテーマ性の発展と進化／深化の構図は見事。ベインとの最後の対決で雪が降っているのも、『ビギンズ』での寒冷な高地に於ける修行シーンを反復することで、影の同盟を破門されつつ継承するベインとの同門対決という形で結末をつけているのだろう。尤も、最後はあっさりとキャットウーマンの銃撃一発で終了してしまうが。

ただどうも、地の底で這って生きていたらしいベインの情念というものが全然描けておらず、過去の経歴のせいで犯罪の闇から足を洗えないキャットウーマンの、善悪のグレーゾーンに在る位置づけもエモーションを掻き立てない。ベインは、マスクをすることでその在り方を変えたのだが、肉体的な苦痛から逃れる為にマスクが外せない彼（精神的苦痛の克服の為にコウモリマスク姿になる人と対照的）が、バットマンに、「肉体ではなく、魂に拷問を加える」という意味づけも劇的なものに昇華しきれていない。「お坊ちゃまに育ったお前とは違う」と囚人からベインとの違いを指摘されたブルースが跳躍に成功するドラマにしても、もっと盛り上げられただろうに。『火の鳥 黎明篇』読めよ。あの穴倉が、臭いも熱も何も欠けた抽象的な舞台の域を越えていないのがいけない。他ならぬノーランがお坊っちゃんに見えてしまう。そして、マリオン・コティヤールにつきまとう唐突感。『鉄腕アトム』の最終回みたいなバットマンの自己犠牲も、なんだか冷めて観てしまう。