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[コメント] 天使の分け前(2012/英=仏=ベルギー=伊)

冒頭シークェンスでは各人物がフラットに扱われ、その内、或る一人が浮かび上がる。利き酒によって、価値あるものを嗅ぎ分けるという行為が象徴的に描かれた本作を暗示する導入部。が、結局本作は、価値という概念を愚弄している。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭の裁判シーンでは、どの被告もどうしようもなく底辺に生きる有象無象の一人と見えているのだが、その中から、主人公としてロビーが浮上する。後に明らかになるように、彼には、利き酒の才能がある。自らも社会の屑と認めるような生まれを持ってしまった連中の中から、一人の才能が見つかるということと、幾つもある樽の中から価値あるウイスキーを見つけるということ。

最初の駅のシーンで、ただの酔っ払いとしてふらついているアルバート。その、ホームの端を危なっかしい足取りで歩くさまは、彼のような貧困層が置かれた危うい立場を思わせ、実際、ホームに落っこちた彼は、寸でのところで一命は取り留めたものの、被告人という立場に落ち込む。酒と関わりを持つにしても彼の場合は、ただ単純に酔っ払って失敗するという程度のもの。後のシーンでも彼は、モナ・リザもアインシュタインもウィンザー城も知らないことが露呈するし、価値という概念とはほぼ無縁の存在。

せっかく盗んだ超高級ウイスキーも、このアルバートが、警官に職質をかけられた怒りにまかせて、瓶を持った手を無用心に動かしてせいで、二本分もムダになる(こういうどうしようもないバカの行為を「笑い」の範疇で処理するような作劇には虫唾が走る)。だがアルバートは、「需要と供給」の法則を引いて、「世界に四本しかないから価値が上がったのなら、残り二本ならもっと価値が上がる」と、妙なところだけ知恵があることを示す。思えば、キルトで変装してウイスキーオタクを装って侵入する案を出したのも彼であり、社会における表面的な価値というものがどういうものなのかは意外に知っている男なのだ。

一方のロビーも、結局、せっかくの大発見である超高級ウイスキーの樽に、他の樽から注ぎ足して(盗んで減った分を足して誤魔化すためなのか、或いは樽の価値を無くして、瓶に移した方の価値を高めるためなのか)、その至高の価値を損壊する。ロビーは、ブローカーには一本しか売らずにおき、社会奉仕の指導官ハリーに、貴重な一本を献上するが、そのハリーが神聖な場としてロビーらを蒸留所に招待したのは、酷い暮らししか知らない彼らに、価値あるものに触れるという体験をさせてやりたかったからではないのか。樽を穢すということは、そのハリーの気持ちをも穢すことにならないのか。

安物の瓶に入った超高級ウイスキー。これは、ハリーがロビーのようなみすぼらしい男に人間としての価値を見出したことと符合させているのだろうし、実際、瓶と一緒に置かれた手紙には、「チャンスをありがとう」とある。一方、樽を競り落とした男は、既に他の樽から継ぎ足されてしまっているウイスキーを口に含んで、「絶品だ」と至福に浸る。とはいえ、彼はそこで初めてこの樽からウイスキーを飲んだのであり、元の味がどうだったかなど知りようがない。資本家は資本家である時点で愚かで不道徳だという左翼小児病的な偏見のメガネをかけていないと笑えない、また、納得できないシーンだ。

ブローカーとの取り引きによってロビーは、その利き酒の才能を活かせる職にありつくのだが、その才能が向かうべき対象である当のウイスキーを穢したのは彼自身。まぁ、この映画がもっと引いた視点のドキュメンタリータッチで演出されていたなら、一つの皮肉な物語として受けとめることもできたかもしれないが、何やらハートウォーミングな良い話として描かれているのが苛立たしい。観客の皆さんは、価値を穢すという犯罪行為の精神的な共犯者になってください、なぜなら貧困という現象の存在は、ウイスキーや、ウイスキーオタクを温かく招き入れてくれた人たちとの信頼関係等を穢すなどということとは比べようのないほどに犯罪的なのですから、というケン・ローチに全面的に賛同することをこの映画は要求しているわけだが、それはきっぱり断りたい。

第一、良い話風にまとめたいのなら、ロビーが怒りに任せて暴行し、片目が失明もう片方は斜視、恋人とも別れ大学も辞め、と人生が無茶苦茶になった被害者に何のフォローもないまま終わらせるのは如何なものか。大学に行くような金のある家に生まれた奴の幸運と、底辺に生まれたロビーの不幸とはまぁまぁ釣り合ってるんだし、イーブンじゃないか、とでも言いたいのかね。被害者の青年がそういう生まれであること自体も、彼の自由意志ではないだろうに。こんなものに心温まるほど俺の心は安くないぜと言っておく。

(評価:★2)

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