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[コメント] 恋(1971/英)

Go-Between、仲介者、マーキュリーとしての少年の、無垢と不能性。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







原題は「The Go-Between」、仲介者、取り持ち役、橋渡し役、といった意味だ。劇中で主人公の少年レオが、憧れの女性マリアンの婚約者ヒューから、そう呼ばれている。だが、レオが仲介するのは、マリアンと、彼女が密かに逢い引きを重ねる男、身分違いのテッドとの間だ。

レオは、マリアンに買ってもらった緑の夏服を身につけて、そのポケットに手紙を隠してテッドと彼女の間を往き来する。終盤、彼は、配達役としての制服のようなこの服の色であるGreenが、青二才、未熟者、といった意味があり、マリアンが彼をそう評していた事を、彼女の弟である友人から聞かされる。マリアン自身は、若々しい、とか、まだおぼこだ、といった意味合いで言っていたのかも知れないのだが、いずれにせよ、レオが秘密の恋の仲介者に選ばれた理由が、その世間知らずな純朴さにある事は容易に推察できる。何しろ彼は、憧れの女性マリアンと若い男の間の秘密の手紙の橋渡しをしながら、二人が恋仲である事を、或る時、マリアンの手紙を盗み見る機会を得た時(マリアンが封筒に封をする暇が無かった)に初めて気がつくほど鈍感なのだ。純朴というより、殆ど愚鈍なくらいである。

この、「Go-Between」としての役を与えられるレオの、純粋さと表裏一体である不能性と、その空虚な立場の哀しみこそがこの映画の中心を貫く軸である。彼は、マリアンとヒューが婚約している事を知って配達役を拒否するが、マリアンに、これだけ親切にしてあげたのにどうして、お金が欲しいのね、などと、それまで築いてきた絆を突然断ち切るような恐ろしい言葉を投げかけられ、手紙を引っつかんで、泣きながらテッドの許へ行く。テッドに、恋人同士がする「いい事」について仄めかされても意味が分からず、キスより以上の事だ、と言われても想像がつかない、まだ欲望というものを知らない少年。非性的であるからこそ、性的なるものの仲介者たり得るという事。

そんな彼は、思わずヒューに、或る本で読んだという話を引き合いに出して訊ねる。結婚している女性を巡って決闘が行なわれ、夫の方が死んでしまった。女性も悪いのに、彼女自身が決闘しないのは狡いのではないか、と。ヒューはレオに「女性に罪は無い」と答えるのだが、その時、この夫の側に擬えられている事を知らない彼の右頬に深々と刻まれた斬り傷(戦争で受けたもの)が、画面の正面を向く。この瞬間の戦慄。

こうした、或る一瞬が特権的に放つ鮮烈さ、決定的イメージが、この映画の中では幾つも訪れる。冒頭の、窓ガラスに張りついた雨粒越しに見える、茫漠としたイメージ。黒塗りの自動車の車体に映り込む屋敷。水飛沫を上げて川を渡る馬車。夜空に小さく浮かぶ月に、霞みのようにかかる黒い雲。教会で鐘をつく男達と、その向こうの入り口から入って来たレオが、立ち止まって、帽子を手に、頭上の鐘を見上げる構図。屋敷の人々が連れ立って歩き去った後の、ただ屋敷がそこにある風景。レオが、皆死んでしまえ、とベラドンナを煎じて作った毒薬を、トイレに流す場面での、その液体の紫色の鮮やかさ。田園風景の中を駆けるレオが豆粒のように小さく見えるだけの映像でも、充分にもつ。そうして、彼が駆けている時間の持続がそのまま、マリアンとテッドとの間(between)の距離感を表現するのだ。

冒頭の、レオがマリアンに魅入られる過程の描きようも実に滑らかだ。裕福な友人の家に、客として訪れたレオ。皮肉屋の友人と、ふざけて追い駆け合ったり取っ組み合う無邪気なレオと対照的に、マリアンは、気だるそうな表情でハンモックに横になっている。その美しさに加えて、他の家族達とは微妙な距離を置いて浮かび上がるその存在。レオもまた、学校では「魔法使い」で通っている、少し変わり者の少年のようだ。レオは、友人と納屋の辺りの草叢で、ベラドンナを見つける。これは、劇中では特に言及されていないが、マンドラゴラと並んで魔法使いが用いる毒草として知られ、その名は「美しい淑女」という意味。

屋敷での、親切なもてなしも却ってレオを、特別な扱いによって、一定の距離をもって取り囲むような様相を呈している。屋敷の窓の下に、庭園に居る人影を見下ろす場面などにも、そうした距離が印象づけられる。皆が水泳を楽しむ中、レオ一人が水に入るのを拒み、自分の水着を、髪が濡れたマリアンの肩に掛けさせる場面は、少年なりの不器用な心遣いが感じられると同時に、終盤、上手く嘘がつけなくてマリアンの密かな恋を曝露させる結果を生む伏線の一つとも感じられる。

レオが配達役を引き受ける切っ掛けとなるのは、テッドの小屋の前に積んであった藁の山で滑って遊んだせいで怪我をし、テッドに手当てをしてもらった事だ。この直前レオは、学校で人を屋根から落としたというその呪いの魔法を使って、マリアンと楽しげに話すヒューに呪いをかけたようなのだが、却って自分にその呪いが返ってきたかのようだ。この、呪いの魔法というのもまた、自分で直接手を下さず、間接的に目的を達しようという、レオの不能性の表徴として見る事が出来る。そしてその彼自身が、テッドとマリアンを間接的に繋ぐGo-Betweenとなるのだ。

途中から、まるでレオらを密かに見守るかのような男の人影がちらつくようになるのだが、終盤に至って、これがレオの何十年か後の姿である事が判明する。彼は、老いたマリアンから、孫への伝達役=Go-Betweenとしての最後の仕事を頼まれる。孫は、テッドの血を受け継いでおり、自分を呪われた存在だと感じて、愛する女性に告白できないでいるというのだ。マリアンは言う、「呪いなど無い、あるのは愛の無い心だけだと教えてやって」。父を持たず、愛の営みについて教える者のいなかったレオ、マリアンの恋に気づいた彼女の母に無理やり手を引かれて行ったテッドの小屋で、「いい事」に耽る二人の姿を目の当たりにさせられたレオが、まるで父親役のように、この二人の「いい事」の残した青年の許へ使いに出されるという事。この青年の、一瞬だけ映し出される美しい顔立ちも印象的だが、マリアンはこの心の乾いた青年が、レオと同じだと言う。レオは、自分自身の許に使いに出されたような側面もあるのだ。つまり、あの一見すると時系列を混乱させるような編集は、レオが過去の自分自身を蔭から見守るようなイメージの構成として、計算されたものなのだ。

ベラドンナの花言葉は「汝を呪う」「男への死の贈り物」「沈黙」。幾つかの場面で蜜蜂が盛んに舞っているのは、生(=性)の盛んさと共に、花粉を運ぶ仲介者(Go-Between)という含みも持たせていたのかも知れない。マリアンの母は、レオに花を摘んで胸に挿してやって言う、「マリアンを思わせる花」。

(評価:★4)

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