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[コメント] ディア・ハンター(1978/米)

三人の友人、三発の銃弾。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ロシア式の結婚式で始まり、ロシア式の葬儀で終わる物語。物語の重要な鍵となるのが「ロシアン・ルーレット」。ベトナム戦争は旧ソ連(ロシア)とアメリカの代理戦争。ゴッド・ブレス・アメリカを唄いながらも最後は亡き友への乾杯で締める。この友の死のそもそもの原因は、ベトナム兵の捕虜にされていた時に強いられた、友人同士でのロシアン・ルーレット。これは、運次第で死が訪れる「戦争」の恐怖そのものであり、それを、町で互いにバカをやり合っていた友と差し向かいになって行なうことを強いられる、という状況の設定に、本作の戦争観を見てとることも出来るだろう。マイケル(ロバート・デ・ニーロ)がベトナム兵を撃ち殺す為、わざと三発も銃に込めるのは、彼も含めた三人が捕虜となっていることに対応したものなのかも知れない。そして、敵を高確率で殺す為には、自分たち自身が、より高確率の死を引き受けなければならないということ。

ロシアン・ルーレットはまた、銃口を自らのこめかみに突きつけ、汗に湿って歪んだ顔がショットの焦点となることで、戦争=死の恐怖を、飽く迄も一個人の感情として描くことを成功させている。

結婚式のシーンで、「こぼさず飲み干せば幸福になれる」というワインが、新婦の白いドレスに何滴かこぼれるカットが、これから先の不吉な運命を予感させるが、その、赤い血のようなイメージは、負傷して帰った新郎スティーブ(ジョン・サヴェージ)より以上に、ニック(クリストファー・ウォーケン)が遂に自らのこめかみを撃ち抜いて流れた血と結びつく。ほごされたワインは、花嫁一人に降りかかる不幸というよりは、彼女もその一員である友情関係に加えられる傷を予告していたのだろう。

「用心のため」と常に拳銃を持って歩くスタンリー(ジョン・カザール)と、拳銃のせいで要らぬ死のゲームに付き合わされるマイケルたち。二度目のハンティング・シーンでは、激昂したマイケルがスタンリーの拳銃を奪い、ロシアン・ルーレットをやってみせた後これを放り捨てる。戦場とは全く異質な場所である筈の故郷の町が、戦場と紙一重に接すること。町の工場では、炎が轟音を立てて燃え盛る。マイケルが、村人を惨殺したベトナム兵を殺すシーンでも、用いていたのは銃ではなく、火炎放射器。出征直前のハンティング・シーンでは、「一発で仕留める」と言って実際に鹿を一発で撃っていたマイケルだが、そうした優雅さとはかけ離れた殺戮の場に、彼は置かれたのだ。

劇中の重要な結節点では、「川」が画面を支配する。スティーブがベトナム兵によって放り込まれる、水牢。戦場の三人の内、スティーブだけがヘリで救われるシーン。帰還したマイケルが友人たちと鹿狩りに出かけながらも、鹿の姿に見入って、射殺できずに終わるシーン。マイケルが終盤、再びベトナムへ行き、ニックの許に向かうシーン。戦場シークェンスに於ける川は、逃れられない場所、そこへマイケルらを引きずり込む場所としての川。ベトナムの、土色に濁った川と、マイケルの帰還後の、猟場の、激しくも白い飛沫を上げる清浄な川。山という「高さ」や、鹿の雄々しい角が天に向かって伸びる様など、マイケルが猟場で殺しを断念するシーンは、殺戮と無縁な清浄さのイメージが現れる。ここでの川は、「OK?」と叫んで木霊を響かせるマイケルの問いの答えの無さに対応するような、越えられない境界としての川だ。

マイケルがニックの許へ向かう為に川を渡るシーンの感動は、言うまでもなく、友を救おうとするその行動にある。だが、それに加えて、それまではマイケルにとって、禍々しい地獄であり、手の届かぬ天国であった「川」を、静かに渡る光景に、彼が精神的に乗り越えてきたものが表れているからではないか。そしてこの夜の川にも、轟音と共にあのオレンジ色の炎が輝くのだ。

"Cavatina"のギターの響きに滲む、仄かに甘い懐かしさを含みながらの「寂しさ」は、陰惨なシーンを含みながらも最後は友の死を悼んで終わるこの映画が、ドラマとして集束していく地点を示している。調子外れに唄われる"CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU(君の瞳に恋してる)"や、教会での結婚式で響き渡る、荘厳ながらも温かみのある歌声、そして、バーで友が奏でるピアノの音色から、突如として戦場のヘリの音へと移る急転換。音楽の幸福感との別離。

長丁場にも関わらず、これはと思えるショットにそれほど富んでいるわけではないこの映画だが、「音」の演出が光る。その場を支配しながらも意味は分からないベトナム語。捕虜状態で、ロシアン・ルーレットの発砲音に脅えるスティーブン。サイゴンでニックが娼婦の許を訪れながらも、赤ん坊の泣き声で去ること。ニックを死のゲームに誘う発砲音。帰還後、マイケルがスティーブンとの電話の際、受話器越しに聞こえてくる車椅子の音を不審がること。マイケルがスティーブンを見舞うシーンで、看護婦が薬か何かを落とした衝撃音(おそらく意識的に発砲音に似せている)に振り向くマイケル。「音」は、瞬間的な、突然の出来事を画面にもたらすのに有効なものであり、運命が一方的に降りかかってくることの悲痛を描く本作に相応しいものだ。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)irodori

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