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[コメント] 茄子 アンダルシアの夏(2003/日)

これはちょっと掘り出し物だ。自転車レースの躍動感と、意外な戦略性。黄金色に光る茄子も画面に映え、その象徴性もしっかりしたもの。何よりこの短さで、一本の映画を観た満足感を味わえるのが嬉しい。無意味に他人の時間を奪う映画よ、去れ!
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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全く興味のなかった自転車レースにこんな虚々実々の心理戦が内包されていたとは。思った以上に色々計算しながら走ってるんだな。

競技を捉えるカメラワークやサウンドも、劇中の解説の台詞を借りれば「セオリー通り」ではあるだろうが、見事。眼前の下り坂の向こうから立ち現れる、さらに先の道路。耳元でゴウゴウと鳴る、風を切る音。視界をよぎる畑。密集する選手たちの荒い呼吸。砂嵐に遮られる視界と、カサカサと砂がぶつかる音(砂のせいで選手が鼻水を出してしまうディテールの細かさ)。高速の自転車の上での、ボトルやヘルメットや言葉のやり取り。疾走する自転車の群れが起こす風に揺れる花嫁のスカート。頭上の真っ青な空に飛ぶヘリで感じる空の高さ。カーブを大きく曲がる際の、コースの脇に詰めかけた群衆が消えては現れるパースペクティブの躍動性。眼前に迫る道路。

ゴール直前の粗いタッチで描かれた選手のアップは、もはや事ここに至ってはレース状況がどうとか力や技術がどうとかいう話ではなく、ただただ気合だけしか放出できるものが無い――という瀬戸際感に充ちており、この描写は僕はアリだと思う。キャラクターに感情移入して描くあまり作画そのものが気合いの世界に飛んでしまったかのような崩れ具合は、むしろ好印象。選手のゲッソリした顔もいい。

息を切らせながら高速で疾走するさまを観ているにも関わらず、どこか静止した時間感覚にとらわれる不思議さ。車にのって窓の外を観ていても飽きないあの感覚と少し似た味わいがあり、映画とはまさにムービー、動きの楽しさだと感じさせられる。ただ、CG処理をした映像に少し気持ちが冷まされるのが珠に疵か。手描きのせいで輪郭が崩れても却って迫力が生まれることは、一昔前のアニメを観て実感ずみのことでもある。どうせゴール間際で崩すのに。

主人公ペペがビール会社をスポンサーにしているという設定が、意外な形で、題名にある「茄子」に絡むのも面白い。ペペは故郷の味である茄子を嫌うふりをし、故郷そのものを嫌うそぶりを見せ、実際、そこから出ていったのだが、そんな彼をなじる爺さんは、茄子は絶対にワインと一緒でなければならず、ビールを飲む奴はつまみ出す、という排他性を表す。そのビールの会社の下で働いているペペ。だがレース後は、仲間に茄子の食べ方を見せてやるペペ。故郷への愛憎入り混じった想いが感じとれる。

魔女の宅急便』のジジのような黒猫が出てくるのはご愛嬌だとしても、爺さんが猫を追いかけたせいで選手に怪我人、脱落者を出してしまう展開はやや難。少しは悪かったなぁって顔しようよ。また、これも既に他のコメンテーターの方が仰ってますが、この爺さんに平気で飲酒運転までさせる描写も、もう少し考えてほしいところ。また、故郷の唄らしきものが劇中で歌われるが、メロディと日本語の歌詞が合っていないせいで不自然に聞こえるのは痛い。ペペが日本人顔なことも相俟って、あぁ日本人が想像している範囲内でのスペインだな、と現実に引き戻されてしまう。「故郷」の表現は茄子だけでいいじゃないか。半端なことはしないでほしい。

最後の忌野清志郎の歌は、上手くマッチしていたと思うし、これくらいの軽みや余裕はあってほしいところ。

宮崎駿の影響下にある監督の作品としては、食べ物がちゃんと美味そうに描けていることには、ひとまず安心させられた。これは大事なところですよ。『アルプスの少女ハイジ』の白パンやチーズに代表される描写力は、絶対に継承されねばならない重要無形文化財です。

それにしても、あの黒い牛の看板のようなものは、同じくスペインが舞台の映画『ハモンハモン』にも登場していたが、スペインの名物なのか?

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)uyo[*] きわ[*]

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