[コメント] チャッピー(2015/米=メキシコ=南アフリカ)
成功したナードという語り手の知的解体的な自己投影によって、主人公の行状が観察に値しなくなる。成功したから、課題がない。AI云々は卑近の課題であって、どうしても解消したい人生の課題とは性質が異なる。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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チャッピーにしても、人生の極限性という課題が設定されながら、それを積極的利用とする意図がみられない。この課題は工学的に解消されてしまう。技術的に解消可能ならば、フィクションが扱う話題ではない。『第9地区』と同じで、終盤で本源的な孤立状態が作られ、それでようやく、彼らに人生の課題が訪れるのだが、それでは遅すぎる。チャッピーの育成を経由した疑似家族の有様も、決して鑑賞に値しないとは言えないのだが、これもまたナードの空想に基づく理想主義に還元されてしまう。
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