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[コメント] キャバレー(1972/米)

街角で歌われる「Tomorrow Belongs to Me」。一人の美青年がナチスの歌を歌い、それはただ美しい歌声に耳を傾けるだけだと思いきや、周りの人々がその美青年に加わり、皆でナチスの歌を歌う。美しい歌がナチスによる恐怖の歌へと変貌する瞬間である。
牛乳瓶

後にも先にもこのようなミュージカルは二度と出来ないだろう。

小さなキャバレーの舞台上で、フォッシーが舞台で今まで積み上げて来たものがいかんなく発揮されている。まず映画のファーストシーンが素晴らしい!そこはキャバレー。バックではキャバレーの楽団が何やら楽器の試し演奏をしている音が聞こえる。カメラがスローでレフトへと動き、突如顔が白塗りのキャバレーのMCが現れ、カメラ目線で観客に向かって、にやりと不気味な笑みを投げ掛ける。そこから『Willcomen』というナンバーが始まる。『Willcomen』とはドイツ語で『ようこそ!』という意味であり、キャバレーにいる人々にショーの始まりにMCがショーの出演者たちと共に歌をもって出迎える。そして、私たち観客にも映画の始まりをキャバレーのショーをもって、歓迎してくれる。『シカゴ』のファーストナンバー『All That Jazz』ように決して派手なナンバーではないが、観客の中にナチスの将校らしき人物が見受けられたりと、本作の背景とテイストを私たち観客に知らせる役割を果たしている。なんとも言えないエロティックで退廃的な雰囲気が漂う。このファーストシーンで、フォッシーは、当時のベルリンの絵画を何枚か画面全体に写し、完全に当時の時代背景を醸し出す事を演出により成功させている。また、もう一つ驚くべき演出は、カメラの前に何人も人が過ぎるのだ。それにより、より我々がキャバレーの客となり舞台を鑑賞している感覚に陥る。

映画が進むにつれて、何か進展がある度にキャバレーシーンへと切り替わり、MCがナンバーを繰り広げる。MCは狂言回りのような役割である。ジョエル・グレイはこのMCの役で、アカデミー賞助演男優賞に輝いた。またこの時に同部門にノミネートされていたのが強敵ぞろいで、『ゴッドファーザー』組みから本命と目されていたアル・パチーノをはじめとして、ジェームス・カーン、ロバート・デュバルを抑え受賞した。また、本作の舞台版では同役を演じトニー賞の主演男優賞を受賞している。まるで悪夢を見ているかのような演技。でもどこかクリーミーで軽やかなんです。人間とはとても思えないようなキャラクター造詣で、グレイの生涯の当たり役とも言えるでしょう。 また、アカデミー主演女優賞を獲得した、ライザ・ミネリは誰もが納得の受賞でしょう。

本作はミュージカルがメインである一方で、しっかりと当時の時代背景や問題を提示していました。問題とはナチスです。ジョエル・グレイがゴリラと一緒に踊り歌う「If You Could See Her」でもナチスを皮肉っていますが、一番怖い演出が「Tomorrow Belongs to Me」です。一人の美青年がナチスの歌を歌い、それはただただ美しい歌声に耳を傾けるだけだと思いきや、周りの人々がその美青年に加わり、皆でナチスのための歌を歌う。美しい歌がナチスによる恐怖の歌へと変貌する瞬間である。ナチスにより、殴られ、殺されていく人々。死体が平然と街中に転がっている。そんな現実とも直面する。サリーもMCもブライアンも時代による被害者なのかもしれない。

ただのミュージカルでなく、時代を映した映画です。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)けにろん[*] TM(H19.1加入)[*] カフカのすあま[*] ジェリー[*]

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