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[コメント] お父さんのバックドロップ(2004/日)

男の子だもの。これで燃えなきゃ嘘だよ。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 こういう全年齢型のベタベタ映画は大好物なのだけれど、もう少しリアリティに気を使ってくれるともっと嬉しかった。ここで言うリアリティというのは現実感ではなくプロレス的な作られたリアリティという意味で、己の人生をリングで証明するのがプロレスラーの仕事だとすれば、その「リング上のリアル」としての証明すべきことが証明しきれていない感があるのだ。いみじくも本物の極真旗を掲げ、キャストに本物の空手チャンプと本物の師範を連れてきてしまったものだから、どうしても「いやいや一発食らったら立てませんがな」という嫌疑が晴れず、ほんの2%くらい試合シーンに没入することができなかった。

 つまりは、試合シーンそのものもプロレス的にロジカルであってほしかったのだ。映画の中盤で、お父さんが「俺は毎日鉄アレイやバットで腹を叩いて鍛えているのだ」と語るシーンがある。彼はボディの強さに関しては絶対の自信を持っているわけだ。例えばだけど、これを伏線として、お父さんが「ボディはいくら殴られても俺は絶対に倒れない。だからひたすら顔面だけガードする」という作戦を立ててそれを愚直に実行する、なんていう理屈がひとつ加わると、その作戦が成功するしないに関わらずリングに「プロレス的リアリティ」が発生してさらに試合のシーンが引き立ったような気がするのですよ。ついでに言えばテレビ観戦の神木君が家を飛び出すタイミングも作品上は「なり」で行ってしまっているけれど、上記の例を取ると「ボディを打たれ続けたお父さんのガードがついに下がり、アゴにやばいのをもらった。いよいよ死ぬ!行かなきゃ!」という具体的なキッカケを与えることもできたかもしれないな。と。

 もう最後はバックドロップで勝つことは決まっているわけだから、その結末に至るまでの「リング上のストーリーテリング」にはもっと気を使ってもよかった。フィクション映画の中のセメントマッチでフィクショナルなプロレス的リアルを確立しろという、自分で書いててもややこしい注文なのだけれど、プロレス映画ってたぶんそういうことじゃないかしら。

 ともあれ、上記は瑣末な妄言です。なんだかんだ言っても大好きだよこの映画。

(評価:★4)

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