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[コメント] ユナイテッド93(2006/仏=英=米)

映画監督として、持てる技術を最大限駆使してつくられたポール・グリーングラスの「戦争」。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この映画が公開された2006年現在、海の向こうではまだ戦争が続いている。この映画を見る上では、この作品が戦時中に、その戦争の発端となった出来事の一部を描いた作品であることをまず念頭に置く必要がある。

 現に、UA93の乗客は前線の米軍にとって「勇気の象徴」として扱われている。彼らこそ、「命を賭してホワイトハウスへのテロを防いだヒーロー」というわけだ。大統領はこのエピソードを大々的に宣伝し、彼らがコクピット突入の際に発したという「Let's roll!(さぁ、やろうぜ!)」という合図を「テロと戦うスローガン」に利用した。一見、この映画はその説に則ってつくられているように見られがちだが、ポール・グリーングラスが描こうとしたのは乗客のヒーロイズムなどでは決してなかった。

 彼が描こうとしたのは、極限状態における「個」の心の動きである。UA93は他3機より遅れてハイジャックされたため、乗客には「これが普通のハイジャックではない」という情報が与えられることになった。自分たちが乗っている飛行機も、どこかに突っ込む可能性が高いという認識が乗客の中に広まったのだ。

 乗客にとっては自分たちが乗っている飛行機がどこに突っ込もうが知ったことではなかったのだ。ターゲットがホワイトハウスだろうが国会議事堂だろうが、自分たちが死ぬことにはかわりないのだ。他の3機と違い、彼らにはそれを認識する時間が与えられた。そして、乗客のうちの何人かは死を覚悟し、他の何人かは抵抗を決意した。ここで、彼らが抵抗を決意したのはアメリカのためではなかったということが明確に描かれている。「このままでは死ぬ」という極限状態で「生き残りたい」と強く願い、行動を起こす人間がいたとしてもまったく不思議ではない。

 確かにこの結末は推測だ。だが、その推測の根拠を個人の「死にたくない」という本能に求めようとした監督の試みを、私は支持したい。そして私はこの映画をポール・グリーングラスによる「UA93の乗客の死はそれぞれに個人的なものだったはずだ。それを安易に戦争のスローガンなんかに利用するんじゃねえ」という明確なメッセージであると受け取った。

(評価:★4)

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