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[コメント] 悪人(2010/日)

積み上げられた「Re:」、物語はスクリーンの裏を流れている。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ぺペロンチーノさんも指摘しておられるけれど、メールの件名に重ねられた「Re:」の文字に映画世界のリアリティが集約されている。光代はこんなメールを送ったのだ。

「覚えていますか? 灯台の話で盛り上がったこと」

 灯台で捨てられた子どもだった祐一は、かりそめの出会いを求めて顔も知らぬ女性と灯台の話で「盛り上がった」のである。想像するに彼は光代に向けて「灯台っていいよね」「灯台は素敵だよね」「俺も灯台、好きだよ」と何度も「灯台メール」を送っているのだ。そのたびに遠い日の記憶に心を切りつけられながら、それでも新しい出会いを求めて彼はそれを送り続けたのだ。あの「Re:」は、そうやって積み上げられた「Re:」なのだ。

 出会い系サイト殺人事件という陰惨なモチーフは、満島ひかりの見事なキャラクタリもあって、とことん陰惨なまま描かれている。「出会い系をやるようなビッチは殺されてもしょうがない」──むしろ、この手の事件でマスコミが必要以上に美化する被害者側を、この映画ではよりステレオタイプに近づけようとする作業がなされているのだ。

 だからこそ、祐一、光代、佳乃、それぞれの事情は過度に同情や共感を求めることなくスクリーンに登場する。綿密に内面を描きながら、作家は彼らを突き放している。彼らと丹念に対話しながら、彼らをある一面で糾弾することを、決して恐れていない。『悪人』は、送り手の痛みが伝わってくる映画だ。

▼余談

 「運転とセックスだけが上手い」と評された祐一という男にとって、あのスカイラインは唯一、人生のなかで自分の自由にできる宝物だったに違いない。叔父の台詞に「睡眠不足か、また走っていたのか」というのがあったが、日常的にドライブをすることだけが彼の救済となっていたに違いない。

 そういう宝物を、映画はこれも手を抜かずに描いた。排気音も計器類も、峠での挙動も、「車しかない」男の車にふさわしいものだった。そしてこのR33GT−Rのナンバープレートは「・・33」。本物のガジェットが詰まった映画には、本物の感情が宿るのだと思った。

(評価:★4)

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