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[コメント] トカレフ(1994/日)

展開シーンの極端な省略は、もしかしたら不器用な大和に役者の道を作ってやるための、阪本なりの苦肉の策ではなかったか。
林田乃丞

 当方ボクシングファンなのでついつい大和にばかり感情移入してしまうのだけれど、この映画の大和に普通に演技しているシーンはほとんどない。冒頭のほんの数分である。

 大和武士はかつて才能溢れるプロボクサーで、ほぼセンスだけで日本王者にまで登りつめた。だが、平凡な日本王者以上には決してなれなかった。拳闘の専門家筋は大和のボクシングを評して、「天賦には恵まれたが勇気が足りない」という、ボクサーに対して最大級の侮蔑を贈った。

 殺戮本能が、大和には欠落していた。当時ボクシングを見ていた者なら皆そう言ったし、誰よりそのことを理解していたのは当の大和本人だった。大和はボクシングの試合で何度負けても(5割強という勝率は日本チャンプになるようなトップボクサーにしてはかなり低い)、ついにリングで魂を爆発させることがなかった。

 阪本はこの映画で、大和のそれを引き出そうとしたんじゃないだろうか。

 阪本自身の出世作である『どついたるねん』の中で、阪本は大和に現役時代そのままの「才能があってチキンハート」なボクサー役を与えている。そのことに対する、ひとりの男としての落とし前として、『トカレフ』を手渡すことで大和の中の眠れる獅子を叩き起こそうとしたんじゃないだろうか。

 ボクサーという生き物を愛してやまない阪本順治だからこそ、そんな気がしてならないのである。

(評価:★4)

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