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[コメント] 愛を読むひと(2008/米=独)

ベストセラー「朗読者」の映画化作品。原作は読んでいない。映画は別物らしい。どうして「愛を読むひと」という邦題にしたのか。「朗読者」のほうがこの映画の本質に迫っている。それでも尚感じるものは沢山ある映画だ。
paburo57

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 物語は1958年のドイツに始まる。雨の日15歳のマイケルは学校の帰りに急病でとあるアパートの前で、吐き座り込んでしまう。そこに帰宅した女性は、彼を放っておけず助けて、彼を家の近くまで送っていく。病がいえたマイケルは花を持って彼女(ハンナ)のアパートを訪れる。これを機会に二人は関係が出来てしまう。彼女は彼に性の手ほどきをし、彼は彼女に求められるままに本を朗読する。しかし、ハンナは突然アパートから姿を消す。彼女は路面電車の車掌をしているが働きが認められて、事務職に昇進を言い渡されていた。

 時は過ぎマイケルは法科の学生になっている。彼はゼミで、裁判の傍聴に出かける。そこには、ナチの親衛隊だった人物の裁判がおこなわれていた。そこに、かつて看守だったハンナの姿がある。彼女はユダヤ人収容者をアウシュビッツに送った罪で無期懲役を言い渡される。しかし、彼女は無実であった。文盲であるために、手続き書類に署名できなかったのだから。彼女の文盲を証言できる立場にあるが、彼女の文盲を隠したいプライドを考え証言することなく判決が下る。

 この映画にとって、ここまでが序章。ここからこの物語が動き始める。時は過ぎマイケルは弁護士になり結婚し娘が生まれ、そして、娘が幼い頃に離婚をする。離婚し、転居し、蔵書を整理しているときに「子犬を連れた奥さん」という本を見つける。これかつて、ベッドの上でマイケルがハンナに読んでやった本だった。ここから彼は刑務所の彼女に朗読テープを送り始める。何本も何本も、彼女は刑務所で朗読テープと本を元に文字を覚え始める。そして、マイケルに手紙を書いて送る。しかし、マイケルが送るのはテープだけで手紙は一切送らない。ハンナはマイケルの手紙を求めるが、マイケルは一切送らない…。

 原作ではどうも、ナチスの犯した犯罪や、現在も続くナチ狩りについて描かれているようである。しかし、この映画では、二人の恋愛を中心に描かれている。ハンナは文字を持たない。文字を持たないという事はどういうことなのだろうか?一番直接的には、日常生活や仕事上で困ることが出てくるだろう。

 しかし、ハンナにとって文字はそのような存在以上のものであったのだろう。ハンナは自分の思いをかたちとして残すために文字を持ち、自分の思いをマイケルに伝えるために文字を持った。そして、手紙を書く。離れた愛する存在に向けてハンナは手紙を書く。思いを書く。そして自分の名前を署名する。そこにはハンナの人間としての存在を主張し始める。それはハンナにとっては、新しい自分との出会いであり、新しい自分の始まりだったのではないか。文盲である事を隠したために無実の罪で服役させられた彼女にとって、初めて、私は「ハンナ」だと、言えたのではないか。人間としての尊厳を取り戻したといっていいのかもしれない。もし、彼女が文盲でなければナチス親衛隊に入らずともよかったのかもしれないからだ。彼女は、文字を得た喜びと感動を持ってマイケルに手紙を書き続ける。何通も何通も何通も…。

 マイケルにとって、ハンナからの手紙は一体何を意味していたのだろう。朗読を続けた15歳の一夏。そして、テープの朗読を送り続けた日々。それは、文字を読めないハンナとの変わらぬ時間であった。ハンナが文字を読めないから、彼は「朗読者」としてありえたのだ。マイケルとハンナの間には朗読者である事を抜きに考えられなかったのではないか。つまり、ハンナが文字を持つ事は、マイケルの朗読者としての死を意味していたのだ。それゆえに、マイケルは頑なに手紙を書くことを拒否したのではないか。

 皮肉な事にマイケルともっと心を通わせようとハンナが文字を覚えたときに、二人の愛が終わってしまった。私にはどうしてもそう思えるのだ。或いは、新しい愛の形にはならなかった。しかしマイケルは一切その精神の過程を語らない。

 20年の刑期を終えようとするハンナ。出所1週間前ハンナを訪れるマイケル。ハンナの差し出す手に僅かに触れてすぐに手を引込めてしまう。ハンナはマイケルにかつての思いを込めたまなざしを向ける。「朗読が好き」と話すがマイケルは答えない。彼女のまなざしが命を失う。ハンナはそこで二人は終わったのだという事を悟る。おそらく、文字を覚えたことがその引き金だったということも。

 彼女は出所当日の朝、刑務所の自分の書棚に並ぶたくさんの厚い本を机の上におきその上に乗り首をつって自殺する。それはまるで、自分を取り戻し、新しい自分にしてくれた文字としての言葉に、復讐するかのように、或いは訣別するかのように。文字を持たないがゆえに生まれた愛が、文字を持つことで終りを告げる。

 ハンナには新しい愛の形が見えていたのだろうか?  マイケルは新しい愛の形は描けなかったのだろうか?

 重く苦しい映画ではあるが、そこに、幾つかの疑問と、深みがある事は間違いない。  原作で、確かめたいことが生まれてくる映画だ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)24[*] まりな m-kaz ぽんしゅう[*] 死ぬまでシネマ[*] けにろん[*]

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