コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] フィクサー(2007/米)

脚本、演出、演技とも一級品。社会の闇を心の闇に転換する現代的なハードボイルドタッチは、心理描写をせずに人物の内面をその行動から描き出す。
shiono

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







時系列を細かく操作したフラッシュバックやモンタージュを駆使し、どのタイミングで何をどう見せていくかに配慮した語り口は、観客の知的好奇心を挑発する。ストーリーを把握するために必要な情報を拾い集めていくうちに、一見本筋とは無関係と思えるエピソード、例えばクルーニーの抱える借金や別れた妻との間に儲けた息子とのやり取りなどが、キャラクターを豊かに肉付けしているのに気づく。

個人の未来が外部の力によって侵されていく閉塞感は、その人物が守りたいと思っているものを描いてこそ意味を持つ。クルーニーが夢を託したニューヨークのバーや、親兄弟との関わりが、カサヴェテスの『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』同様、主人公の背景を過不足なく描写している(クルーニーには恋人がいる設定で、撮影もされたそうだが、そこまでいくと過剰だ。カットして正解)。

強烈な個性のウィルキンソンは罪悪感から神経を病んでしまうが、このメンタルを原告側の娘アナ(メリット・ウェバー)のイノセントなキャラクターでヴィジュアルに見せているのも巧みだ。農薬被害を具体的疾患として見せずに(確かミルウォーキー裁判所におけるビデオ映像での証言のみだったと思う)、大企業の犠牲者という立場を演技者の身体性に集約させている。だから類型的な対立構造に収まらない人間性が滲み出てくるのだ。ウィルキンソンのアパートの冷蔵庫に冷やされたシャンパンは下心を感じさせて愛嬌があるし、暗殺の状況証拠となっているのもうまい。この暗殺シーンもワンシーンワンカットで、その無慈悲さには心底震えがきた。

ティルダ・スウィントンもまたしかり。法務部を取り仕切る彼女の上昇志向を、決して長くない登場シーンで的確に見せているのは、演出もあるがやはり本人の役者としての力量だろう。口元に表れる癖など、シナリオにはない演技表現が魅力的な見せ場になっている。ラストのクルーニーとの鮮烈な対決は実に素晴らしい。

余談:爆破されるクルーニーのメルセデスは、『プラダを着た悪魔』で使われた車体そのものだそうだ。『プラダ〜』での車内撮影のため二つに切断された車両を溶接し塗装しなおして使われた(imdbのtriviaより)。このシーンでクルーニーが難を逃れる理由はまったく合理的ではないが、霧の中佇む三頭の馬が思わせぶりな暗喩には感じなかった。暗殺者を絡めたサスペンス演出もよかったし、トニー・ギルロイはなかなかのセンスがあると思う。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ペペロンチーノ[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。